教えて掲示板の質問

「自分のおかしい心理について」に関する質問

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エムさん

他人の幸せを喜べる人はあまり多くないと言いますね。
惚気などもっての他だと言う意見もあると思います。
こういう人は他人と比較する心理が働いているらしいです。
なので例えば自分が不幸な時には他人の幸せを喜べないとか、
自分より他人が幸せになるのは許せない、と思うらしいですね。
特に他人と比べるような人に当てはまる傾向があるようです。
嫉妬と同じで自分とはかけ離れた人間(例えば芸能人等)が
成功したりしても嫉妬はしにくいと思いますが
自分と近い人間の成功体験は素直に喜べない、
というのはそんなに珍しい事ではないみたいです。

ですが私は他人の幸せを喜べてしまいます。
それ自体は良い事かもしれませんが私の心理的には矛盾していると思います。
何故なら私はしょっちゅう他人と比較していますから
他人は他人、自分は自分という思考がある訳ではないからです。
他人の幸せを見ていて不快になれませんし、
家族などの近い人間であってもこれは変わりません。
惚気とかも割と楽しく聞けます。

これが精神的に成長した結果なら何の問題も無いと思いますが、
他人と比較しまくる時点でそれは筋が通りません。
そもそも人間とは他人の不幸を喜ぶ習性がありますから、
精神的に成長していたとしても他人の幸せを例外なく喜べる、
というのはやはりおかしいと思います。これは何で起きるのでしょうか?

他人の痛みに敏感だから(HSP)、というのはまず無いです。
私は共感力と想像力が人一倍劣っていますし、
他の部分でも人並みに出来た事が一つも無いからです。
まさか心理学が間違っているとは思いませんからどこか自分が
間違っていると考える方が妥当だと思います。

そう考えると何一つ取り柄がない自分はもしかしたらそもそも他人の幸せを
喜んでいる訳ではないのかもしれません。
内心全てがどうでも良い、と思っているからこそ出来る行為なのではないかと思っています。

勿論明確な線引きが出来るとは限らないでしょうが、
余りに矛盾が多過ぎると思えるのでどこか思考、
もしくは心が故障してるのでは、と思ったので質問させて頂きます。

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2022年6月14日 21時06分

教えて掲示板の回答

オンラインカウンセリング惠然庵

ベストアンサー

エムさん、初めまして。
「惠然庵」代表の西岡と申します。
ご質問内容、拝読いたしました。

他人の幸せに対し嫉妬心を感じないで祝うことが出来る自分は心が故障しているのでは、というお悩みでよろしいでしょうか。


少し斜めからの見解をお伝えします。意地悪に聞こえるかもしれませんがお許しください。

人は身近な人の幸福を心から祝えない。それは「自分のほうが努力している・価値があるのに、そうは見えないあの人が私よりいい目に遭ったりいいものを手にするなんて不公平だ」という不満が沸いてくるからでしょう。
現状に満足していない、努力しても夢が叶うとは限らないから、偶然幸福になった(ように見える)他人が羨ましく思えてしまいます。

しかしそう考えずに一緒に幸せを祝えるエムさんは、叶えたい夢や願望が無いのではないでしょうか。
だから他人が幸せを手に入れても、まるでドラマの最終回を見た時のように素直にそれを受け容れることが出来るのでは。
ドラマの主人公が幸せになって「許せない、ずるい」と思う人はいないですよね(いるのかな)。

または、「どうしてもこれだけは」と言うこだわりが人より少ないのかもしれませんね。
「羨まし屋」さんは、色んなものを欲しがります。
たくさんの財産、若さ、美貌、愛情、人望、地位、称賛、名声、学歴など。
ある程度は努力で得ることは出来ても、高いレベルを望めば、偶然のラッキーが必要になります。
自分が欲しいと思っていないものを他人が手に入れても「良かったね」と思うだけで通り過ぎてしまうことはあります。

カウンセラーとして申し上げると、人の幸せを妬まずに祝える特質は素晴らしいと思います。
ただ、もしも夢が願望、こだわりがないとして、毎日の生活がつまらないと感じていらっしゃるようであれば、心配です。
心が故障している、というよりも、こだわりを持たない理由や原因がどこかに隠れているのかも、とも考えます。


どちらもエムさんのお考えに反していたら申し訳ありません。
少しでもヒントになれば幸いです。
応援しています。

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2022年6月15日 10時51分


お礼コメント

丁寧な回答ありがとうございます。腑に落ちる解説で納得しました。確かに私は夢も希望も願望も、こだわりも無く、楽しさなんて1ミリもない日々を送っていますから的を得た指摘だと思います。こだわりを持たない理由や原因は分かりませんがとりあえず他人の幸せを喜んでいられるのを「優しさ」だと形容されるのはかなり違和感があったのでこれでスッキリしました。

2022年6月16日 12時51分

京都近県対面&メールチャット全国対応 ねずみ後輩

エムさん、初めまして。


ふと思ったのですが、エムさんは闘争心を生まれ持ってないのではないだけじゃないですかね。


クリスタルチルドレンというのがあるので調べてみて下さい。

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2022年6月18日 07時39分


お礼コメント

調べてみましたがクリスタルチルドレンの特徴には殆ど当てはまらなかったので多分違うと思います。

2022年6月20日 17時30分

心理カウンセリング らしんばん座

エムさん、こんにちは。
カウンセリングルーム「らしんばん座」と、申します。

エムさんのご相談、拝見いたしました。拝見して感じたことは、とても興味深いご相談だと思いました。

他人の幸せを、喜べてしまうのですね。
これ単体なら問題は無いけど、エムさんご自身は、「他人と自分を比較してしまう人間」なのに、他人の幸福を喜べてしまうのですね。

そうですね、確かに、人を上下関係で見てしまう人は、他人が幸福になる事に対して、快く思わないという図式は当てはまりますね。
実は嫉妬深いのに、他人の幸福を喜んでしまうと言うのは、確かに矛盾しているように見えてしまいますね。
それに、他人の幸福を喜べる人とは、確かに精神的に成長している人で、そうでない人は、喜ぶどころでは無いように思えてしまいますね。

ただ、人の心は、とても複雑なものです。
感情というものは常に変化しているもので、同じ状態でとどまっているわけではありません。
或る時は「Aだ」と思っていても、別の時は「Bだ」と思えてしまうかもしれません。

これは、心理学の或る流派の考え方ではありますが。
「人は、或る特定の『人格』というものが『一つ』だけあるのではなくて、常に異なる姿に移り変わっている」という考え方もあります。
だから、或る時は嫉妬を感じていても、別の時はそうは思わないという場合もあり得ます。

エムさんご自身がおっしゃっているように、「内心全てがどうでも良い、と思っている」と言うのも、一つの考え方だと思います。
どうでも良ければ、人が泣こうがわめこうが「どうでも良い」という事になりますから。

また、心理学の理論で、一つ思い当たるものがあります。
それは、「防衛機制」と呼ばれる現象です。

たとえばエムさんが、「幸せな人を見て嫉妬を感じてしまう自分は、認める事が出来ない」という気持ちがあると、逆にその気持ちが、あたかも「無い」と感じようとする心の動きです。
「無い」と、自分の意思で思ってしまうのを「否認」、無意識のうちに無かったことにしてしまうのを「抑圧」と言います。
どちらも、本心とは逆の反応を、心がとってしまう現象ですね。

そう考えると、エムさんは凄く嫉妬したいのに、それを自分で禁止しているのだと、説明することも出来ます。
特に抑圧していると、無意識的に「無い」ことにしてしまうので、自分では気づくことが出来なくなってしまいます。

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2022年6月15日 17時10分


クラリオンヒーリング(気功・整体)

エムさん、はじめまして。心理学見地から、アドバイスさせていただきます。

人間の精神、心は一生を通じて育てていくものなので、心が故障しているのではないか、などというような考え方はお持ちにならない方が良いと思います。

人は、確かに他人と比較してしまう事が多いのですが、これは物と物との比較でもしており、これが出来ないと生活が成り立たなくなります。例えば車を購入する場合、自分の目的に合わせた車種を選ぶ事が出来ないと後悔したりするように、比較し何が違うのか判断するものによるのです。

ただ人間関係を比較した場合、厄介な事は優劣で他人と判断し、感情が働く点です。人間の習性として、自分と同じであれば安心するという意識が働きます。自分が、金持ちであれば同じくらい金持ちの人に嫉妬心は持ちません。貧乏で自由に物が買えない自分であったとしても、同じような境遇にある人を馬鹿にしたりしないのです。これは、他人を馬鹿にすることは自分を馬鹿にしていることになるからです。

そこで、人に妬みなどのマイナス思考を持たない方法は、自己向上心を持つことです。人の失敗を喜んだり、成功を羨んでばかりしていると、ずっと人生の底辺を歩くことになってしまいます。

冷静に考えると、どんな人でも最初から成功する人はいませんし、今苦しんでいてもそこから脱却できる人は、忍耐力や精神力が強いのでうまく出来るのです。

成功体験の書籍は、数多く出ていますし、身近な人で困難からのし上がって来た人がいれば、その話を聞くだけでもかなり勇気をもらえると思います。自分の精神性・人格を高めていく事は、人それぞれに課せられた生きていく上での
務めだと思います。

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2022年6月15日 15時30分


めんたるくえすと.com

はじめまして、めんたるくえすと.comの渡辺と申します。
医療機関で医療相談、生活相談、介護相談、カウンセリングを行っています。
宜しくお願いします。
「妬み」は人間が安全に生き抜くために必要な能力です。
人間は本来、自分中心でありそれが正しい優先順位です。
自分より優位に立つ者に良い感情を抱かないのは自然なこと
「妬み」は自分の資源や心身を脅かすであろう人物から身を守る
自己防衛センサーです。
これが他人の幸せが喜べない人の心理です。
ただし、自分と他人が年齢、性別、職業、生活環境が同じであったり
その中で目指す目標が同じまたは過去に諦めてしまった経験があることが条件です。
自分と全く違う世界にいる人間の幸せは
妬みの対象にはならないという事です。
だから無条件で喜べる
言ってしまえば関係ないからでしょう。
エムさんは自分の心理はおかしいと書かれていますが
そもそも人間の心理に正解などないし
正しく言えば「脳」が支配するもので
同じ景色、同じ物、同じ映画を見たとしても
人それぞれ捉え方、受け取り方によって違いが出てくるでしょう。
例えば「自分が見た他人の幸せ」は
当事者にとって本当に幸せなのかは本人にしか分からない事で
見て受け取った側の都合のいい解釈に過ぎないのです。
そう思う事が自分の幸せにとって都合がいいからです。
「喜んでいるわけではないのかもしれません」
そういうことです。
自分の中の矛盾であったり
他人と比較した自分であったり
疑問を持つことは成長にとって不可欠です。
人間は複雑で深い
特に脳に関しては今も謎だらけです。
エムさんもこれを機に謎を探ってみてはいかがでしょうか。

めんたるくえすと.com

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2022年6月15日 14時47分


S.Light.M

こんにちは、S.Light.Mの瀬川と申します。

ご相談内容を拝見させて頂きました。

そこで、ここからお話しさせて頂く内容につきましては、あくまで私個人の捉え方である事と、正誤などの性質ではない点をご理解とご了承頂ければ幸甚です。

他人の幸せにおきましても、自分事のように嬉しい、心の底から祝福出来る、喜ばしい事には変わりない、良い事なんじゃないの、そして、他人が幸せでもあまり気にならない、他人事だから、また無関心も含め、このようにそれぞれに温度差や程度という違いがあるのかもしれません。

そして、私達が何かを思う時には「同時に複数の感情等を抱える」事が出来ますが、それらがある程度整理された後の言葉においては「数珠つなぎ」のように、どうしても発する際の順番が付いてしまいます。

似たようなケースでは、例えば私達の(潜在)意識は物事や出来事などを映像(場面)として捉えており、言葉としては捉える事が出来ないとも言われております。

これは昨夜の夕食を思い出す際に、言葉で思い出しているのではなく、場面としてしか思い出せない(思い浮かべる事が出来ない)との例えが用いられる事もございます。

故に、夕食の場面を誰かに説明するなどの際には、整理や統合や言葉を発する際には順番が付いてしまうという事かもしれません。

また、私達は毎秒1,100万ビットの情報を吸収しているが、その情報を処理出来るのは僅か50ビット(アルファベット26文字の情報量が5ビット)にも満たないが、それでもかなりの影響を無意識で受けているなどの見解もある模様です。

このような事からは、もしかしたら比較をしているかもしれないし、比較をしていないかもしれないし、その両方をしているかもしれないし、その両方をしていないかもしれないなどが、思いの中では「同時に」起こっているのかもしれません。

そして、個性であるのか、それまでの経験から培われたきたからなのかは分かりませんが、思いが言葉に変換される際と似たような感じで、複数の思いがある一つ(一つとは限りませんが)の方向性に赴くなどの「落ち着き先」という傾向は人それぞれに、また場面それぞれにもあるのかもしれません。

そのような面が仮にあるとすれば、矛盾のように思われたり感じられたりする事もあるのかもしれません。

分かり辛いお話になってしまい大変恐縮です。

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2022年6月15日 12時59分


憂うつの癒し屋

初めまして、心理カウンセラーのヨナガ マサアキと申します。
>そもそも人間とは他人の不幸を喜ぶ習性がありますから、
そういう面もありますが、先天的なものではないと思います。
後天的な他人から受けたトラウマ的要素が、
そのような習性にさせている面もあるのではないのでしょうか?
わたしは、他人との比較ではなく自分のことを受け入れる事のできる人のみが、
他人の幸せに共感できる条件の一つだと思います。
私は現在59最、21歳の時にうつ病を発症し、4年間を除けば、現在進行系で通院しています。
そんな自分をありのまま受け入れているかこそ、
心理カウンセラーとしての共感能力が自然と高くなりつつあると思います。

何か分からないことがありましたら、私のHP(下記参照)の最下部のコメント欄に投稿してください。
http://sinrigaku.com
わたしのHPの下部には、メンタルヘルスの情報がたくさんありまので、参考にしてみて下さい。
また、 メールorLINE相談は初回が無料がなっておりますので、下記URLからお気軽に相談して下さい。
 http://sinrigaku.com/?page_id=2943

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2022年6月15日 09時46分


カウンセリングルームHimmel(ヒンメル)

こんにちは。カウンセリングルームHimmelの鈴木です。
ここでは皆様に分かりやすく記載するため専門用語等は控えます。

多くの人間が投稿主さんの言われている通り、他人の幸せを喜ぶことができずに、
不幸を喜ぶ人が多い傾向にはあります。
ことわざでもあるように不幸は蜜の味と言われるように、人は他人の不幸が大好きです。

例えば、テレビをお持ちか不明ですがテレビの不倫報道が流れたとします。
その報道って個人間の問題なのにやたら報道日が長いと思いませんか?
一方で結婚しましたというニュースは報道はされるもののすぐに終わってしまう傾向にあります。
このように、人は他人の不幸を感じた時に喜び、楽しいといったいわば悪い感情が出てきます。

しかし、人間大多数が不幸大好きだぜ!
という中、投稿主さんは人の幸せを考えられ、他人の不幸には一緒に悲しんであげられる
そんな真っ直ぐで真面目な方なんではないかと思います。
ただ、それがおかしいかというとそんなことありません。ただ多くの人が不幸を好んでおり、
一部の人では幸せを一緒に喜び合うといった人物も中には全然います。
むしろそれって良いことではないかなと思います。周りは不幸を好みますが、投稿主さんは違う
それは一種の個性ではないかなと思いますよ。

そして他人と比較してしまうとのことですが、幸せ喜べると他人のことを比較してしまうこれらに相互関係は無いと思います。
今の世の中、学生さんだったらテストで点を決められて、こいつには負けないぞ!だったり、
社会人であれば成果主義で、この人と比べて私の方が優れていると無意識的に考えているのではないかと思われます。このような競争主義社会においては、他人を比較してしまうことは不思議ではありません。そこで劣等感などを感じたりして、このやろう!負けてらんないぞ!と考えたり、あの人綺麗だな、それに比べて私はと言った劣等コンプレックス(劣等感)も感じることは多くあります。

最後の文面から予測するに、私は何一つ取り柄がないけど周りはいい長所を持っていると考えるが、
他人の幸せは喜べると言った感じでしょうか。
先に申し上げました通り、相互関係はないです。
そして取り柄がないと言いますが、人の幸せを喜べることは私からみて投稿主さんの長所ではないかなと感じております。他にも、お会いしたことないので分かりませんが人は長所いっぱい持ってます。どうしても特に日本人は短所(自分の悪いところ)にフォーカスしてしまい私って悪いんだと思いがちです。でも実は長所がいっぱいあって、短所も少なからずあると言った感じです。

HSPなのでは?共感力と想像力が劣っているなどなどこちらも周りを比較した結果そう感じてしまい、自ら短所に自分で無意識的にフォーカスを当てて、私はこれなんだと錯覚を起こしてるとイメージしてみてください。

最後になりますがHSPでもないですし、投稿主様の考え非常に素晴らしいものだと思います。なかなかいないからこそ、それがおかしいとは思わずに、一種の個性であると感じられた方が良いかと思われます。

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2022年6月15日 08時57分