教えて掲示板の質問

「他人の解答を予想しすぎてしまう」に関する質問

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ちろるさん

はじめまして、20代後半のちろると申します。

他人との関わりの中で、言葉を発するとき、
相手からの解答を予想しすぎてしまい、結果的に自己嫌悪に陥ります。

例を以下に示します。
Q.自分で自分を卑下しすぎている。どうしたらいいか。
A.自分を許してあげる。これが私!と開き直ればいい。
 他人の目を気にしない。

Q.自分には生きる価値がない
A.そんなことはない、自分は生きているだけで価値があると思うこと。

Q.このように予想しすぎてしまうのをどう思うか
A.あなたは頭の回転が早いのですね。べつの方向に活かしましょう
もしくは、
A.他人とはそのように浅いものではない、もしかしたらあなた(私)の言い方が
 そういう解答を強制するような言い方になっていませんか?
 もっと他人を信じてありのままでぶつかってみましょう。
等。

そのケースにぶち当たってみないと、正確にはなかなか伝えられませんが、このように予想しすぎてしまい、結論的に「…やっぱりなんでもない」と口を閉ざしてしまいます。

おそらく質問の仕方も、他者に予想通りの解答をさせてしまう一因であるかとは思いますが、それでもやはり予想通りの解答が帰ってきて、うんざりしてしまいます。

他人のことも自分のことも信用できません。
それは「きっと他人は自分を否定してくる」と思うからです。
また、このように自己完結してるので、他人にぶつける意味も見当たりませんし、ぶつけたところで他人を追い詰めるだけだと思っているので、しません。

自分がなにか鬱々とした気持ちを抱えたとき、このように誰にも言うことができず、自分の中で完結し、解決しているにもかかわらずモヤモヤして仕方ありません。
世の中の「浅さ」にうんざりするときもあります。
どうせ私が思いつく程度の「浅い」解答しか帰ってこないんだと思うのでうんざりします。
そしてそんな傲慢な考えを持つ自分が果てしなくイヤです。

おそらくこういう書き込みをすると、きっと返ってくる答えは
「自分の価値を認めないから、他人にも認められないと恐れるのだ」とか、
私の考え方についての指摘だと思います。
「視点をかえれば」「他人の解答を予想しない練習をしましょう」等。
斜に構えすぎ、あるいは強迫なんたらかもしれません。
もしくは世の中なめくさりやがって、と思われるのかもしれません。
自問自答をするから、選択肢が無くなって辛いのです、でしょうか。
ご自分の悪い癖だと思っているならあとは治すだけです。でしょうか。

だんだんと、自分がどうしたいのか、どうすればいいのか見失いつつあります。

このようなサイトに投稿すること自体、返ってくる内容は概ね予想はつくのですが、他に新しい視点がないかという、薄ぼんやりとした希望を込めて投稿させて頂きました。

内容が内容ゆえ、攻撃的な文章になってしまったことをお詫び申し上げます。

こんなどうしようもない最悪な私ですが、なにかアドバイス等ございましたら、ご教示願えればと思います。
お忙しいとは重々承知しておりますが、どうぞよろしくお願いします。

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2012年5月16日 07時22分

教えて掲示板の回答

ナチュラルケアサロン「輝」

ちろるさん、はじめまして。長野の「こころとからだのストレス対策研究所」の荒井と申します。
「他人との関わりの中で、言葉を発するとき、相手からの回答を予測しすぎてしまう」ということでお悩みなのですね。
ちろるさんが書いた問答を読んでみて、「何が問題なのだろうか?」ということを考えてみました。また、それぞれのカウンセラーさんの回答も読んでみました。
そして、以下のことについてはっきりと見えた気がしました。

それは何かと言うと、ちろるさんは「考え方優先な方」で、これまでのご自身やお友達、現実や空想の世界に至るまで様々なかたちの「知識」が頭のなかできちんと整理されているのだということです。

だから、どんな問題でもいわゆる「優等生の答え」を導きだすことがいとも簡単にできるのです。
ちろるさんの辞書(意識的、無意識的に関わらず)には「知らないものはない」ということなのです(ちょっと大げさかも知れませんが)。

ちろるさんの、今回のご相談についての問題の本質は、恐らくは、ちろるさんには殆ど「実体験が伴っていない」ことにあると、私は感じるのです。

私自身の経験にも同じようなことがありました。
もちろん、「あなたと私では、まったく違う!」と言っていただいても構いません。
しかし、やはりちろるさんの書かれた内容を繰り返し読んでみて感じることは、このこと以外には浮かんでこないのです。

これを解決する手段は、「もっと泥臭く、もっと実体験を通して感じ、本質を見続ける(掘り下げる)」ということにあると、私は感じています。

ちろるさんの言葉を引用すれば、

「ゆるす」とは一体、どういうことなのか?
ゆるした体験はこれまでにあったのかを今一度、思い出し、経験があるならば感じてみる

ゆるせなかった時はなかったか?
あるならば、その時の感情はどんなだったかを今一度、感じてみる

「他人の目を気にしない」ということでしたが、本当に気にしていなかったのかを感じてみる

「生きる価値」を感じたとき、否定されたときの「感情」を思い出してみる

ちろるさんの頭の回転は、本当に早いと言えるか、感じてみる
頭の回転が速いことにどれだけの価値があるのか、感じてみる

ありのまま、他人とぶつかった経験が本当にあるか、感じてみる

これらは「考え方」や「観念」で見ないでください。
実体験、または想像でもいいですが、あなたの腹の底からわき上がって来た「感情」を素直に感じて見ることが大切なのです。

私をゆるしても、ゆるさなくてもどちらでも結構です。
わざと怒るようなことを書きます。
その方が、あなたの本当の想い(感情)を見ることができるからです。

私が感じる(思う)に、これまでのあなたの生き方は、おそらくは様々な事象を「考え方」や「観念」ですべて片付けて来たと思うのです。
「感じる」のではなく、いつも優等生的な答えを「ひとつ」に絞って「考えて」来たのです。

あなたは「偉い」のです。
あなたは既に「すべてを知っている」のです。
他人にいちいち言われたくないのです。
他人と関わりを持ちたくないのです。
あなたの答えは「常にひとつで、絶対に正しい」のです。

それは「世の中の『浅さ』にうんざりするときもあります」や「ぶつけたところで他人を追い詰めるだけだと思っているので、しません」という言葉に現れていると、私は感じています。

あるテーマを提示されてその答えを述べたとしても、「十人十色」のごとく、世の中には人の数だけ答えがあるのです。どんなことも「答えがひとつ」とは限らないのです。

また、答えがいくら正しくても「感情がゆるさない」ということもあるのです。

あなたの中にある、隠された本当の「怒り」や「憎しみ」「恨み」「悲しみ」「絶望」などをこころから今一度、感じ切ってみてください。
そういったことを繰り返すうちにきっと、他人の回答を予想しつつも他人の感情に寄り添い、理解し、そして共感することが可能となるでしょう。

少しずつでもそれができるようになった暁には、私がわざと挑発的なことを述べたことについて少しずつご理解いただける(ゆるすことができる)ことと思います。

そのとき、ちろるさんは「決して完璧は目指さなくてもいい」ということがわかると思います。
そのときちろるさんは、少しずつでも「自分自身をゆるせる自分になっている」ことと思います。

どうぞ、顔晴(がんば)ってください!

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2012年5月21日 02時00分


追加コメント

補足をさせてください。
すべて考えるのではなく、腹の底(頭や考え方ではない)から沸き起こった感情を、そしてそのルーツを探る癖をつけてみてください。

「ゆるす」とは一体、どういうことなのか?
ゆるした体験はこれまでにあったのかを今一度、思い出し、経験があるならば感じてみる

ゆるした場合にも、なぜゆるしたのか?の理由(感情)を掘り下げてみる。

たとえば、それ以上話し合ってもらちがあかない(例えば、相手が馬鹿に見えた。理屈が通らない。納得できない。それ以上関わるのが面倒くさい。力関係で明らかに劣る。等)から、表面上はゆるすという態度を取って、その場をやり過ごした。
この場合、最終的に「やりすごしたくなる感情がわき上がった」ということがわかります。

もし、そうだったなら、「なぜ、やりすごしたのか?」という風にさらに感情を掘り下げたり逆に相手に「やりすごす」という態度を取られた場合に、あなたの中にどんな感情がわき上がってくるか?を想定して感じてみるまたは、似た経験を思い出してみるということをしてみるのです。

同じように、「理屈が通らないときにどんな感情がわき上がってくるのか?」「納得できないことを要求されることによってどんな感情が沸き起こってきたのか?」「なぜ、面倒くさく感じたのか?」を感じてみる。また、そこで出て来た感情を「なぜ?」「なぜ?」と、さらに深く掘り下げてみる

ゆるせなかった時はなかったか?
あるならば、その時の感情はどんなだったかを今一度、感じてみる

例えば「思いどおりに事が展開しなかったから」とか「プライドを傷つけられた」とか「自分が間違っていたことを指摘されたことが悔しかったから」とか。

そう言った事をさらにさらに見て行くと、「不平」「不満」「怒り」「孤独」「嫉妬」「悲しみ」「絶望感」「恐怖」などの感情にたどり着くと思います。

「相手が馬鹿に見えた」ということは、「自分が馬鹿に見られたくない」という潜在的な「恐怖」があることを意味するのです。
ほかにも、他人から自分が馬鹿にされた経験があると「怒り」の感情が潜在的に溜め込まれている事になるのです。

このように、明らかに「自分自身のこころ癖」が見えて来たらしめたものです。
あなたの周りに起こったネガティブな出来事は全部、あなたが引き寄せて来たものであるということに気づく事ができるでしょう。

あなたが「そう予測した」から「予測した通りの現象」が起きたのです。
あなたの中に「怒りの感情があるから、怒りたくなる感情が現象化する」のです。
(もちろん、そう思わなくても結構ですが)

「自分自身の感情を素直に、ありのままに見る」癖をつけてみるといいですよ。
あなたのなかに、どんなこころ癖があるでしょうか?

2012年5月21日 03時28分

はじめまして。 ちろるさん。
向坪と申します。

相手からの回答を予測しすぎてしまう。
多かれ少なかれ、大なり小なり 誰でもそうなのです。
「やっぱり、そうだよね。」とおもう回答がほとんどだと思います。
人に相談をする時というのは、じぶんの中で理想の回答ができあがっているのです。 
むしろ、「相談」というより、「同意」を求めているのです。
あなたは、その思いが強いために予測をして「やっぱりなんでもない。」
と話すことをやめてしまうのですね。

ただ、全く想像とは違う回答の時もあるのです。
もちろん、理想の「同意」もあるのでしょうが、
大げさに言えば、心に響く言葉を聞ける時もあります。

それにはまず、話すことをせずには進めません。
それから、相手の回答に対して「やっぱり・・・」と思ったら、
もっと追及しても良いのですよ。
そうしているうちに、もっと深いお話ができていくのだと思います。



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2012年5月20日 13時23分


成功報酬型カウンセラー

私とよく似た方と思いました。ただ違うのは私はポジティブにとらえていること、そして回答をいうことを仕事にしていることです。

回答を考えられるのでしたら仕事もしくはボランティアで人生相談カウンセラーになればいいのです。

素質がありますので少し練習すれば普通の人よりもだいぶ早く習得し、できるようになれるでしょう。ただカウンセラーでないので他の学校やカウンセラーで学んでも西洋心理学しか学べないので私の人生カウンセリング=あなたのやり方のカウンセリングの実践は難しいでしょう。

やまびこセラピー、心強化法は世界で当方だけですので、見放された方がよく着ます。

要点だけ言いました。

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2012年5月19日 09時54分


札幌メールカウンセリング ~ハッピーユリシス~

こんにちは。
メールカウンセリングをしています藤田です。

ご相談拝見し、少しだけ思ったことをお伝えしますね。

予想のつく答え、
そして、私が思いつく程度の浅い解答 
ということですが、
それには満足していないということなのですね。

あなたが予想している解答を
もう少し、具体的にかみ砕いて、
その深い意味を考えてみてはどうでしょうか?

例えば、
「自分を許す」とはどういうことなのか?
これは、簡単なことではありません。
現にあなたは自分を許していないのです。
だから、自己嫌悪になってしまうのです。

自己完結しているのなら、
悩む必要はないのです。
自己完結している人は、モヤモヤとした気持ちを残すことはありません。

あなたが予想する解答は、何処から得て来たものなのでしょうか?

解答自体は、その通りだと思います。
しかし、それだけではありません。
もっと考えなくてはいけないことがあるのだと思います。
それは、言葉の持っている深い意味です。

なぜ、生きているだけで価値があるのか?
なぜ、自分を許す必要があるのか?
それから先をの深い意味を見つめて行くことが大切なのではないでしょうか?

世の中が浅いのではなく、あなた自身のとらえ方が浅いのではないかと感じます。
(Q&Aの部分だけでの説明を見るに限り、そのように思いました)

「他人のことも自分のことも信用できません。
それは「きっと他人は自分を否定してくる」と思うからです。

これも、他人が自分を否定してくるのではなく、
あなたが他人を否定しているのです。
そして、自分自身を否定し続けているのですね。
ですから、誰も信じることが出来なくなってしまうのではないでしょうか。

誰かに聞いてもその答えが、
予測のつくもので、当たり前すぎて、そんな答えならいらないと感じているのですね。

それはもうご自分の中から答えを導き出すしかありません。

あなたの中に全て答えがあります。
あなたはあなた自身の答えを探し求め、それを貫き、責任を持って
前に進むことが良いのだと思います。

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2012年5月19日 00時27分


お礼コメント

藤田先生、お忙しい時間を割いてご回答下さり、ありがとうございます。

「もっと深く考えてみる」。私自身そこまでたどり着いたことはありませんでした。
なぜならば、「自分を許す」ということは私自身の中でありえないことで、「できるわけがない」と思考を止めていたからだと、今ならわかります。
「自分を許す」「自分を癒す」「自分に優しく」こう言ったワードは、このサイトのような相談系のウェブサイトなどで、比較的良く目にするワードですが、実はこのワードを見る度に怒りがこみ上げてきます。
自分の中で「そんな自堕落なことはできない」と強い反感がある為です。
その反感が、幼少時に起因するのかはわかりかねますが、「世間様一般でよく見るワード」を用いて原因を考えるならば「長女なので常に我慢を強いられて育った」からかもしれません。

この通り、「反感」などの感情で「自分を許すというのがどういうことなのか」「自分を癒すというのがどういうことなのか」「自分に優しくするというのがどういうことなのか」について深く考えたことは、ご指摘の通り今のただ一度もございませんでした。
「なぜ、生きているだけで価値があるのか?」「なぜ、自分を許す必要があるのか?」ここについて、今一度自分の中を見つめなおしてみたいと思います。

>あなたの中に全て答えがあります。
そうですね、結局のところ、カウセリングなどのサービスを利用するにせよしないにせよ、最終的にはここにたどり着くのだと思います。
「自分でどうにかするしかない」。
これは過去の鬱の経験で実感したことでもあります。
しかし、正直申しまして「また自分か!」と思ってしまうのです。
「自分しか自分を変えられない」身につまされて理解しているはずなのですが、どうしても「自分しか自分を変えられない(のに変えようとしない自分が悪いからそんなに苦しむのだ)」とか、「自分の所為」という意味に聞こえてしまって強い反感を持つのです。
理解はできても納得はできない感じでしょうか。
私は生まれてこの方、他人の所為にしたことはありませんし、また何かあると安易に他人の所為にできる人たちが、大嫌いです。
「他人の所為」で私の所為にされることが、多かったのでそこにうんざりしておりました。
私がいま把握しているのはここまでですが、この問題に関しても「なぜ他人の所為をこんなに嫌うのか」と深く掘り下げて考えてみてもいいかなと思いました。

文章が長くなってしまいましたが、
新しい気づきを与えて下さりましてありがとうございます。

2012年5月19日 02時39分

Oruka's room

ちろるさん、はじめまして
Oruka’s roomの大迫です。
ご相談ありがとうございました。

今回は、カウンセラーとしてでなく
個人的にお話したいと思います。

なぜなら、私も昔(10代後半~20代)、まったく同じように
解答を予想して何も喋れなくなったことがあったから
ちろるさんほど、自己嫌悪には陥りませんでしたが、
なんでこう色々考えるのだろうとイライラがつのったことがありました。
今は、どうして気にならなくなったのは、わかりませんが
そのときの経験もあって、
指示的なカウンセラーにはなるまいと決めたのでした。

だからと言って、ちろるさんの気持ちがわかるとは言いません。
人それぞれ考え方がちがいますので。

ただただ、ちろるさんが今の現状から
抜け出せることを祈ってます。



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2012年5月18日 23時32分


お礼コメント

大迫先生、貴重なお時間頂きまして、ご回答下さりありがとうございます。

諸先生方が、プロの視点を活かして色々な関係機関を教えてくださる中、優しい共感頂きまして、心がほぐれました。
ありがとうございます。

考え続けることに関しては、心から同意させて頂きます。
「考えても仕方ないことを考えるのやめたら?」とか、「難しく考えすぎ」とは友人によく言われるのですが、息をするように自然に思考がぐるぐる回るので自分でも止められず、大変辛く感じます。
無理して考えまいとすればするほど思考のスピードは上がっていき、とてもエネルギーを消費します。
自分の考えに耽りすぎるのは、自分自身の視野を狭める危険なことだとは重々認識している「つもり」なのですが、なかなか改善は難しいですね。
大迫先生のように、やがて「そんな時代もあった」「今では気にならない」と言えるようになればいいなと思います。

応援のお言葉もありがとうございました。
「適度に頑張れるように」頑張ります。

2012年5月19日 02時24分

カウンセリングルーム優心(㈲有心個別アカデミー内)

ちろるさんこんにちは。
カウンセリングルーム優心武澤と申します。宜しくお願い致します。

ちろるさんの文章を読ませていただき
まず客観的にご自身の事を分析できる能力をすでに身につけておられる
と関心致しました。

問題点をあえて挙げるとしますと・・・

①「なぜ答えが予想つくのに相手に答えを求めるか?」

②交流分析の見方から「ゲーム」を仕掛けている可能性がある。

この2点だと感じました。

①については、自分を周りがどう観ているのか?のかの確認作業のようなものだと思います。

ここで相手が予想をしていない解答を得られたとしたらどうですか?

この応えの感情こそが、ちろるさんの本当の感情だと知ることになると思います。

②はについては、少しズレは出ますが似た行動だと感じました。

結果は、絶望(うんざり)と解っていながら、聞いてしまう行動です。

建設的な人間関係ではこうした感情は生まれません。人と非建設的な構えで

接してしまうのが「ゲーム」の始まりです。

それは、自己否定的な構えがそうさせているものだと思います。

遡ると、その自己否定感を引きずっているとしたら

成長過程において何かしらの問題点がある可能性があるように思います。

そこに文章は触れられていませんが、もしかしたらご自身でも気づいていない何かがあるのかもしれませんね。

やはりカウンセリングをお受けになる事をお勧め致します。











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2012年5月18日 19時45分


お礼コメント

カウンセリングルーム優心武澤先生、貴重なお時間を頂き、回答下さりましてありがとうございます。

また、お褒め頂き恐縮です。
先生がご提示くださった①、②のご回答、本当にそうだなと感じました。
自分は、もともと「他人と会話」することがとても苦手で、昔から誰ともつるまず、一人で絵を書いているのが好きな子でした。
しかし社会にでるとそうは言っていられないもの、いつしか心の中に「パターン」をつくり、その通りになぞって「会話」することで、他人とも関わりを持てるようになった、という側面はあるかもしれません。
成長過程にも様々問題があったのは、自覚をしているところです。
…ですが、やはり一人では限界が来ているのかもしれませんね。
世の中は知らない事に満ちているはずなのに(もともと好奇心は大変に旺盛な方です)、自分の周りの事は予想されすぎた範囲内で、そこにジレンマを感じてるかもしれないな、と気づきました。
どのようにカウンセラーを探すべきか、また現住所の島根にはそういった機関がないので県外にいかなければならないのか、そういった不安はありますが、改めてカウンセリングという一つの手段が、自分のモヤモヤを解消する手段にもなりうるかもしれないと思い直し、広く視野を持って当たりたいと思います。

この度はありがとうございました。

2012年5月19日 02時17分

こんばんは、ご質問ありがとうございます。

一般的にカウンセリングとは、相談者の気づきを促進

するもので、おっしゃるような結果は想定されます。

それでは、そんなふうに考えてしまうあなたと

会話するというセラピーはどうでしょうか?

熟練したセラピストにこのセラピーを受ければ

セラピストは分析したり、答えを出すことはしませんが、

きっとこれまでと違う気づきが生まれ

そして新しいあなたに出会えると思います。

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2012年5月18日 19時12分


お礼コメント

カウンセリング&セラピースペース【レジェール】さま。
貴重なお時間頂き、ご回答下さいましてありがとうございます。

このサイトのような「相談を受けてくれる機関」について、知識がないもので、セラピーというところに考えが至りませんでした。
ありがとうございます。
自分に「セラピー」がどう作用するのかは未知数ですが、一つの手段として、視野に入れさせて頂きたいと思いました。

新しい事を教えて下さりありがとうございました。

2012年5月19日 02時10分

カウンセリングスペース フィールマインド

ちろるさんはじめまして。
フィールマインドカウンセラーの小日向るり子です。

禅問答のようになってしまいますが・・・

「このようなサイトに投稿すること自体、返ってくる内容に概ね予想はつく」
と書かれていらっしゃいますが、どのような回答が返ってくると思われますか?

また、逆に質問させてくださいね。ちろるさんはこのサイトの回答者だとします。
以下の内容を他人から相談されました。
どのように回答されますか?

・私は自分を卑下しすぎてしまうのです。どうしたらいいでしょうか?
・自分には生きる価値がない、という考えが頭を離れません。
・私は頭の回転が速いのか、質問を発する前に回答を予測してしまい、それがほとんど合っているので他人にぶつかることが面倒になってきています。どうしたらそんな癖を治せると思いますか?

ちろるさんが上記の質問に、どのように返信されるか。
その返信に返信を重ねる。これがカウンセリングであると私は認識しております。

※カウンセリングが一往復で終わらないことの証明にもなるご質問をよくしていただけたと、カウンセラーとしては大変うれしく思っております。
どうぞ「どうしようもない」と決めつけなさらないでくださいね。

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2012年5月18日 18時57分


お礼コメント

小日向るり子先生、貴重なお時間を頂きまして解答して下さりありがとうございます。

>「このようなサイトに投稿すること自体、(中略)どのような回答が返ってくると思われますか?
これは原質問にも書いてある通りの解答が返ってくるという予想でした。Q&Aの所になります。
こういった、カウンセリングサイトや、お悩み相談サイトでよく拝見する表現のことを指しています。(わかりづらければまた補足し直します)

そして、
>以下の内容を他人から相談されました。
どのように回答されますか?
につきましては、「このサイトの回答者」であり、「見ず知らずの他人から相談された場合」に限定しますと、やはり冒頭Q&Aのようなことを言ってしまうと思います。
他にも「身の上話」等が併記されていればそれも加味するとは思いますが。

他の先生へのコメントでも、すでに書かせていただいたのですが、以前カウンセリングを受けた時に、ひどい苦痛を感じ、それ以来「カウンセリングは受けたくない」と思ったのが根底にあり、それが「カウンセリングは回数を重ねても意味がない」と思い込んでいた部分もあると思います。

返信にまた返信を重ねることがカウンセリングだと、先生は仰っておられて、なるほどと思いました。
ありがとうございました。

2012年5月19日 02時07分

追加コメント

ちろるさん、返信ありがとうございます。

なるほど。私は、ちろるさんが「回答者という立場」であったら、こう回答されると想像していました。
・自分を卑下してしまう
→「他人も自分も信じられなくて、そんな自分が嫌いなんですね、私も同じですよ」
・自分には生きる価値がない
→「そう思うくらい自分が嫌いなんですね。私も自分が嫌いですよ」
・私は頭の回転が速い・・・癖は治りますか?
→「私も同じです。癖は治らないのかもと思ったりしています」

意外でした。ちろるさんは、「冒頭のQAと同じようなAnswerをしてしまう」と思われるのですね。
予測できる回答にうんざりしているちろるさんが、逆に他人から質問をされたらその「うんざりする回答」をされると思うのですね・・・。

それって、なぜかしら?
なぜ、ご自分がされて「うんざり」な回答を、他人にするのかしら??

こうしてどんどんちろるさんと対話を掘り下げていきたいです。その先に何が見えるのか・・・相談してくださったということは、変化を求めていることだと思うんです。だから、一緒に探っていきませんか?というのが私の提案であり、これがカウンセリングだと個人的には思っています。

少し裏話的になりますが・・・
『傾聴』が現代カウンセリングのメジャー技法なのですが、この『傾聴』、相談者の方の「沈黙」もまた対話である、と教えられたりします。
なので、以前体験されたカウンセラーさんは、よく言えばそうした「技法」に忠実、悪く言えば「技法にとらわれて、相談者さん自身を見ていなかった」のかもしれません。

長文失礼いたしました。







2012年5月20日 01時49分

新川公園前メンタルカウンセリング

新川公園前メンタルカウンセリング 心理カウンセラー千嶋のりえです。


ご相談ありがとうございます。

あなたは自身での自問自答で、無意識にとても良いカウンセラーの役割を持っています。

相手への予想で終わらせては勿体無い感じもします。

あなたは、どんな答えにも自分の中の完璧さで防御しているのでしょう。


例えば、あなたが誰かの質問に答えるのであれば、同様の言葉になりますか?

悪い癖にしてしまうより、長所として活用できると思います。
その中で、あなた自身、何かの答えに出会うかも知れません。

嫌悪する事は簡単です。
しかし、その母体は自分なのです。

才能と考えればすごい事だと思います。


淡い希望のうっすらとした光が見える事を願っています。

心理カウンセラー 千嶋のりえ

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2012年5月18日 18時54分


お礼コメント

千嶋のりえ先生、私のために貴重なお時間頂戴しましてありがとうございました。
また、お褒めいただけて嬉しく思いました。

ご質問…ではないかもしれませんが、以下についてお答え致します。

>例えば、あなたが誰かの質問に答えるのであれば、同様の言葉になりますか?

私が私と同じ質問を、誰かにされた時。同様の言葉にはなりません。
その「質問する誰か」への私からの好感度の高低によりますが、好感度の高い(=即ち仲の良い友人など)方への返事であれば、私が、その人のことをどんなに好きでたまらないか、熱心に説きます。
その質問をする時の自分に重ねあわせて、相手が欲しい(=つまり自分が欲しい)解答をするようにしてます。
しかし、他人にはできても、自分に(自分で自分を褒めるような行為)はできませんし、自分がその質問を投げる立場であれば、自分の求めるような解答は帰ってきません。
そういったジレンマはありますね。
こちらが勝手に期待しているだけなので、それを裏切られても最早なんとも思わなくなりましたが。

勿体無いとおっしゃっていただけた「才能」、の使い道をも検討に入れてみようとおもいます。ありがとうございました。

2012年5月18日 20時27分

聖母治療院

ちろるさん、はじめまして。
漢方紫禁堂治療院の加藤と申します。


相手から予想通りの解答しか返ってこないこと、

鬱々、もやもやしたときも、実際にちろるさんの想定内の

解答しか返ってこないのでしょう。

相手は(カウンセラーも含め)、ちろるさんの気づいていないと思われる

点を指摘しようとします。

しかし、すでにちろるさんは、その点まで十分に考えが至っているのでしょう。

相談や問答というものは、このように型にはまった形で終始する面が多々

あります。

質問も定型、解答も定型。

ちろるさんは、既にご自分の質問とそれに対する解答(結果)をお持ちですので、

これ以上、回りくどい言い方はやめにしておきますね。

「自由連想法」や「催眠療法」などで、潜在意識の“解答”を見出すという方法が

あります。

ちろるさんの場合、質問や相談のプロセスで、既に解答が頭に浮かび、

その「浅さ」に失望されることが多いと思いますので、定型のスタイルから離れた

形での問答・対話をしてみてはいかがでしょうか?

スピリチュアル的な世界にご興味があるかどうか分かりませんが、恐らくちろるさんは

現実的な方だろうと思いますので、スピリチュアル系の会話・解答もイライラされる

だけではないかと思います。

ちろるさんは非常に自己分析力が優れ、思考力も聡い方だと思います。

相手の言葉に対して、合気道のようにその力を裏返して返す会話・問答には

飽き飽きされているのでしょう。

まずは、

1.会話・問答のプロセスで、イライラ感を感じないカウンセラーとその方法に

出会われること。

2.そして、それは決して小手先の“言葉遊び”に終始しない会話・問答であること。

3.その会話・問答の「場」で、本当にくつろげて、信頼できる環境であること。

冒頭にも書きましたが、会話・問答の“プロセス”の時点で、既に失望や疑いの

気持ちが生まれるようでしたら、「自由連想法」や「現代催眠」の技法を取り入れる

カウンセリングを一度受けてみられるのも一案です。

長文、失礼いたしました。


漢方紫禁堂治療院
http://shikindou.dcsv.jp

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2012年5月18日 18時17分


お礼コメント

加藤先生、私のために貴重なお時間割いていただきありがとうございます。

以前、鬱と診断されて、投薬治療・カウンセリングを受けていたことがあるのですが、決められた40~50分の時間の中で、決して向こうから何か言うことはなく、私が話をはじめるのをじっと待たれたことがあり、私としても何をどう話していいかわからず、話題探しに非常に苦慮し、そのカウンセリング時間が大変苦痛だった記憶があります。
加藤先生のご提示下さった、「1.会話・問答のプロセスで、イライラ感を感じないカウンセラーとその方法に出会われること。」「3.その会話・問答の「場」で、本当にくつろげて、信頼できる環境であること。」から大きく外れているように感じました。
いろいろ調べた上で、良い御縁が見つかれば、もう一度「自由連想法」や「催眠療法」などの取り扱いがあるカウンセラーを探してみようと思います。

ありがとうございました。

2012年5月18日 20時17分