教えて掲示板の質問

「死ぬべきなのに怖くて死ねない」に関する質問

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ゆとりさん

母と二人暮らしです。
そして、完全に母に寄生しています。
働かない、家事もしない、何の努力もしません。
何年か前は、やる気が出ないかと努力しようとしましたが、続いたためしがありません。

これまでの人生は何の問題もありません。
中学の頃多少いじめられたりはしましたが、かわいいもんです。

12年位前、ちょっとしたことで「死ななくちゃ」と思いましたが、
怖くて結局何もできませんでした。
それから1~2年後くらいから、心療内科に通っています。
カウンセリングも受けましたが、1年くらいの間に5人くらいカウンセラーさんがかわりました。
今は受けていません。
通院はしていますが、医師は医師で、カウンセラーではありません。

最近は自分でもよくなってきた気がしてたし、周りもそう思っていたようです。
でも私は何も変わっていませんでした。
何の役にも立ちません。
立とうともしません。
がんばることもしません。
そもそも病気じゃなかったんだと思います。

死ぬべきなんだから早く死ねばいいのに怖くてできないし、
今だってこうして相談して、救われようなどと虫のいいことを考えているんです。

正直死にたくはないです。
でもそれは許されないと思うんです。
誰でも生きていていいだなんて、そんなのはうそだと思うんです。
生きていくからには、何かしらの労働をしなくてはいけません。
家事もそのうちです。
それをしない私は生きていてはいけないんです。
ちょっと努力してみては? と言われても、私には努力は無理です。

どうしたら怖くなくなるでしょうか。
あと、どうしたら周りの人を悲しませなくてすむでしょうか。
飼っている猫にも、さびしい思いをさせたり、混乱させたりしたくありません。

アドバイスをいただけると助かります。
よろしくお願いします。

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2012年4月3日 21時03分

教えて掲示板の回答

CIDD大垣相談室

あなたの現状は、お母さんを孤独にさせないようによく支えていらっしゃるのだと思います。

ご自身を裁き、罰する、そんな苦しみから自由になられることを願っております。

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2012年4月9日 19時54分


お礼コメント

すみません。
ありがとうございます。

2012年4月9日 19時56分

カウンセリングへいおん

ゆとりさん、今日は他のご相談の方には申し訳ないのですが、ゆとりさんお一人に関わらせていただきました。
ようやく、色々なことをお話していただけるようになりましたね。


これまでのやりとりでゆとりさんの中に、こういう疑問は沸いてこられませんでしたか?

「どうしてこのカウンセラーはこれほど自分に関わってくるのか?」


正直なところ、私にもその理由はわかりません。
ゆとりさんの心の叫びが私を留まらせたとしか、言いようがありません。

私自身の中で、おそらく「カウンセラーとはかくあるべき」という勝手なイメージがあるようです。
その点では、ゆとりさんと同じでしょう。

私自身決して優れたカウンセラーだとは思えません。
失敗が多く、ときどき何もかも捨ててしまいたい衝動に駆られます。

ただ、こうも思うのです。


「私は私。私という個性を持ったカウンセラーは、この世に私一人しかいない。どんなにダメでも、どれだけ繁盛しなくても、自分が信じた自分を全うするしかないのだ。」


一般的なカウンセラーとして言えば、おそらく私は失格でしょう。
事務所もなく、出張してカウンセリングを行っています。
事務所費を捻出できないからです。

そんな私でも、何名かのクライエントさんは信じて相談してくださいます。
今の私を支えてくれるのは、このわずかな方々だけなのです。

立派な事務所を持ち、カウンセリングルームを持っていることが良いカウンセラーであるのならば、その基準など私は捨ててしまいます。
私はこれでいいのです。


ゆとりさんが心の内側をお話していただきましたので、私もお話させていただきました。


すぐにご自分を愛しなさい好きになりなさいなどとは言えません。
できないことを無理に行っても、どうにもならないからです。


宗教戦争のこと、タイムパラドックスのお話でしたらいつでもお付き合いいたしますよ。
そういうことを考え、理論づけ、想像することは決して悪いことではありません。
むしろ楽しいことです。


ゆとりさんはご自分の言葉で、一つ答えを出されましたね。

>「私は間違ってない」「負けたくない」そういう気持ちがいつも、どんなときも私の中に居座っています。負けたくないから勝負事からはいつも逃げます。それが私の真実なんでしょうか。


今日のところは、それで充分です。
ここはオープンな相談の場ですから、何かありましたらメールいただければ返信させていただきます。

正式なメールカウンセリングでなければ、料金は発生しません。
お気楽に何でも話されてください。


今日はお疲れになったでしょう。
ゆっくりお休みくださいね。

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2012年4月5日 16時07分


お礼コメント

長々とすみませんでした。

相談ってこういうことだったんだと、少しわかった気がします。

私は嫌われるのが怖くて、いつも、どんなときも、
ガッチガチに自分の周りを固めて、何一つ漏れ出ないように細心の注意を払ってきました。
傷つくようなことがあっても、「これは表面だから大丈夫。中身は傷ついていない」と。

どんな言葉も自分の心に届いていないことを実感していました。
流出を防ぐ壁は、入ってくるものも拒んでいたのかもしれません。

よくわかりませんが、おっしゃるとおり、疲れました。
中島さんもお疲れですよね。
ありがとうございます。

どうやら死ねないことがわかったので、もともとの質問は意味を成さなくなりました。
スレッドを閉じさせていただきます。
本当にありがとうございました。

2012年4月5日 16時27分

カウンセリングへいおん

ゆとりさん、回答ありがとうございます。

>「普通」は「普通」です。自立する年齢の普通で言えば、平均もしくは、最も多い年齢でしょうか。

ですから、そこを明確にされてほしいのです。
普通は普通と言われても、では何が普通なのですかと改めてお尋ねするしかありません。

では逆にこう設定してみましょう。
推測ですが、申し訳ございません。

20代半ばくらいで結婚し、子供を2人ほどもうけて、ときどきはご両親のところに孫を連れて遊びに行き、それでいて働きもし、ご両親の愚痴を聞いてもいつもニコニコしていることが、普通なのですね?

ではそれ以外は全て、不幸なのですか?
ゆとりさんの現在の思考は、全てこのような状況になければ幸せではないのだという、どこにも何の記述もない基準をベースにお考えのようです。


こんな実話をご存知でしょうか。

阪神淡路大震災のとき、世界中から義捐金が集まりました。
その中に、ほんの少しばかりのお金がフィリピンドルで寄付されていたそうです。
よくよく調べてみたら、それはフィリピンのストリートチルドレンが、日本にも困っている子供たちがいると聞いて、自分たちで集められるだけのお金を寄付してくれたことがわかりました。

ストリートチルドレンの命がどれだけちっぽけなものか、おわかりですか?
15歳くらいなのに、平気で腎臓を売ってしまうような暮らしなのです。
ゆとりさんがおっしゃる普通という常識は、日本だけの、それもドラマの中でしか存在しないような、絵に描いた餅のようなものです。

>「普通」は、より多くの人が「普通」だと思うこと、それだけだと思います。

確かにその通りです。
肝心なことは、ゆとりさんがその「普通の定義」に縛れていることなのですよ。

それも誰も縛っていなのです。


>でも、ちゃんとした人ならそこから自立へと進んでいくんでしょう。私は、「何もせず、文句だけ言っている」んです。

ここでもやはり、ごくごく一般的な常識である「普通という概念」に縛られておいでです。


>私には思いやりと努力が欠如している。努力なんてこれまで、まったくといっていいほどしたことがありません。

ここでも同じです。
人は誰だって、生きるためになんらかのことをしているのです。
もしゆとりさんに生きる価値がないとしたら、すでに誰かの手によって他界させられていたことでしょう。
努力なさっているのに、それに目を向けておられないように思えるのです。

それはなぜでしょうか?

答えは、おそらく、自分を惨めだと思う「もう一人のゆとりさん」が存在するからです。
本質的な自分はちゃんとしている、それなのに現実の自分はどうなんだと上から目線で自分を見たとき、自分はこれだけ自己反省しているのだという一種の優越感に浸ることができるのです。
これは心理学でも立証されています。

心理学では「自己一致」という言葉をよく使います。
それは自分自身を等身大で見ることが何よりも大切だというものです。

>こんな私の相談に、こんなに何度も答えてくださって。

それが、カウンセラーです。
お金が発生しようがしまいが、ここでご相談いただいたからにはあなたはクライエントさんなのですよ。

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2012年4月5日 14時23分


お礼コメント

すみません、私も正確なデータを持っていないのに、普通と言ってしまいました。
自分の身近な人たちのことをもって普通と言っていたのかもしれません。

>20代半ばくらいで結婚し、子供を2人ほどもうけて、ときどきはご両親のところに孫を連れて遊びに行き、それでいて働きもし、ご両親の愚痴を聞いてもいつもニコニコしていることが、普通なのですね?
普通だと思います。
それ以外全て不幸とは言いませんが、私の母よりこの方のお母様のほうが幸せではないでしょうか。

ストリートチルドレンのお話はわかりました。
そんなすばらしい精神を持っているのに……。
彼らにとっては何が幸せなんでしょう。
私のような生活をするのはどうなんでしょうか。
話がそれたかもしれませんが、ここは日本です。
まあ、日本にももっとつらい状況の方がたくさんいらっしゃるかもしれません。
私の兄弟、いとこ、友人、ほんの少しでもやり取りがあって、近況がわかっている人たちはみんな、
私の考える「普通」の生活をしているように思います。
心の中まではわかりませんが。

確かに縛られているのかもしれません。
自分に。
縛っているのも自分なので、どう解いていいかまったくわかりません。

自己反省して優越感に浸っているというのも、その通りなんでしょう。
「罪を知る者に罪は無い。では汝に問う。汝は罪びとなりや」
この「罪の輪」から抜け出せないということもあるかもしれません。

自分自身を等身大で見る、ということがよくわかりません。
あきらめですか?
確かに私は、もし努力ができたとしても、私の思う普通なんかにはなれないかもしれません。
そんな器は持ち合わせてないんですね。

数ヶ月くらい前からでしょうか、私は私でいいんだからいいんだって思おうって、思いました。
逃げたんですかね。
働いてないことも、努力できないことも、気にしないようにして生活していました。
数日前、「どうして宗教戦争がなくならないのか、どうして人を殺すのか」
というような疑問を彼に話しました。
いろいろ話すうち、「結局どういう結論を得たいの? そういうこと考えてもいいけど、自分を巻き込まないでほしい。そういうこと考えるから具合が悪くなるんだよ」
と言われました。
そのまた数日後、母と、時間旅行を題材にしたドラマのことで話しました。
私はタイムパラドックスの話を持ち出し、そのドラマの疑問点を話しました。
すると、「そういうことは考えないで素直にドラマを楽しみなさい。そういうこと考えるからおかしくなるのよ」
と言われました。
私、かなりうざいですね。
上から目線、優越感、主にそういうもので私はできている。
こうして自分を見るのもまた、優越感なんですね。

再認識しました。
やっぱりこんな自分はいやです。
普通にはなれないけどせめてもう少し、努力できる精神力を持ちたかったです。
自分を全て許せる人なんてそういないでしょうし、自分なんか絶対無理です。
でも多くの人はそれでもがんばって毎日生きています。
それこそ、ストリートチルドレンのみんなは必死で生きているんでしょう。
私は負けました。
贅沢病に負けました。
自分に負けました。

今気づきました。
「私は間違ってない」「負けたくない」
そういう気持ちがいつも、どんなときも私の中に居座っています。
負けたくないから勝負事からはいつも逃げます。
それが私の真実なんでしょうか。
ますますいやになってきました。
いやになるってことは、もっとよくなれるはずだって思ってるってことでしょうか。
自分を買いかぶりすぎていますか。

こんな私が、死ぬことの恐怖を振り払えるとは思えなくなりました。
私は死ぬこともできません。
死ななければ万事OKですか?

2012年4月5日 15時35分

カウンセリングへいおん

ゆとりさん、回答ありがとうございます。
これでまた少しだけ、ゆとりさんの心が見えてきたような気がします。

>でも、そこは比べるところでしょうか。

はい、比べることろではないと私も思います。
私が知りたいのは、なぜゆとりさんがご自身のことをそう思われるのかということです。
思う思わないは勝手かもしれませんが、そう判断するためには何らかの基準がなければそうは思えないはずなのです。
赤い色を知らない人に、どんなに説明してもわからないのと同じことなのです。
何らかの基準があり、それを中心にして判断しなければご自身がどうだとは言えないのです。

>でも世の中は、「やることもやらないでものを言うな」と言っていませんか?

こういうことなのですよ。
世の中では・・・とおっしゃっておられるように、ちゃんと基準に基づいて判断なさっておられますよ。
つまりゆとりさんは、世の中のある一定の基準に基づいてご自身の判断をなさっておられるのです。
ではその線引きはどこから発生するのでしょうか?


>普通ならとっくの昔に恩返しを始めていなければならない年齢になってまで、まだ自分に完全に寄生している娘を持った母は、不幸ではないんでしょうか。

それはお母様がご判断なさることではないでしょうか?
どうしても気になるのでしたら、思いきって聞かれてみるのもよろしいでしょう。
それに普通なら、とありますが、ではどのくらいが普通なのですか?
10代で結婚することが普通でしょうか?
20代ならまだ大丈夫なのだとしたら、その根拠はどこにあるのですか?

>もちろん、いなくなれなんていわれたことは一度もありません。どう思っているかはわかりません。

ではどうして、死にたくなるくらいに自己卑下なさるのでしょうか?
「食事中、母が首をかしげる」とありますが、それはそのように娘さんを哀れんでいることなのでしょうか?
根拠がないとしか思えません。


>私にとってどうでもいい話をされると、「うるさい」などと思ってしまいます。こんなに世話になっておきながら。最悪です。

それはごくごく普通の感情でしょう。
どんなにお世話になっていようとも、自分に関係ない話を聞かされてうんざりしない子供は、ごくごく少数でしょう。
ほとんどの子供が自立してゆく中で、親からの支配から脱却しようと思うようになり、ゆとりさんがおっしゃったことと全く同じ感情を抱きます。
ゆとりさんだけが特別なわけではありません。


>無に戻り「たい」というより、戻らなければ「ならない」と思っています。本文にも書いたかと思いますが、私だってできれば死にたくなんかありません。でも、こんなままの私が、精神的、身体的、経済的に完全に周りに寄生して生きていくなんてずうずうしすぎます。

最後にもう一度、お伺いしたいのです。
そうまで自己卑下なさる理由は、今までお話を聞かせていただく中で何一つ思い当たりませんでした。

ただ、私の中で、ゆとりさんの心にある小さくて、でも一生懸命に生きている証を求めたくて求めたくて叫んでいる姿だけは見ることができました。

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2012年4月5日 12時42分


お礼コメント

短い時間にこれだけの回答を下さりありがとうございます。

私は、「世の中が言うところの普通」以下であることが自分自身許せない、と言うことですね?

「普通」は「普通」です。
自立する年齢の普通で言えば、平均もしくは、最も多い年齢でしょうか。

よく「普通とは何か」「普通なんていう基準に惑わされるな」みたいな事を聞きますが、
「普通」は、より多くの人が「普通」だと思うこと、それだけだと思います。
そして、「普通」じゃない人間は、生きていくのが難しいです。
35歳の大人が何もせず、不毛なことばかり考えているのは普通じゃないです。

母がどう思っているかはまったくわかりません。
そういう話を母にするのは苦痛ですし、「本当はお前が邪魔だ」と言ってくれるとも思えません。
私が、自分のことを情けなく思っているんじゃないか、と思うのも、おっしゃるとおり、根拠は皆無です。
根拠もないのに「こいつは私のことを疎ましく思っている。腹が立つ」などと考えるんです。
親に対する反抗心はもちろん普通のことだと思います。
でも、ちゃんとした人ならそこから自立へと進んでいくんでしょう。
私は、「何もせず、文句だけ言っている」んです。
最低な人間と呼ぶのに十分だと思います。

話がずれてしまったような気もしないでもないですが、力不足で申し訳ありません。
私には思いやりと努力が欠如している。
努力なんてこれまで、まったくといっていいほどしたことがありませんし、
これからも多分しないでしょう。
それだけでもう十分じゃないでしょうか。

みんな優しすぎます。
本当に、悲しむ必要なんてないのに。
中島さん、で、よろしいんでしょうか、中島さんも、すごく優しいです。
こんな私の相談に、こんなに何度も答えてくださって。

もっと怪しい掲示板に相談するべきだったんでしょうか。
結局、都合よく救われたいんですね、私は。

2012年4月5日 13時20分

カウンセリングへいおん

ゆとりさん、私のくだらない質問に丁寧にお答えいただき、ありがとうございます。
やっと少しだけ、ゆとりさんが見えてきました。

>私には思いやりがありません。
自分のことしか考えられません。
努力もせず、求めるだけです。
そのくせ屁理屈だけが多いです。
十分最低だと思います。

これがゆとりさんの基準なのですね?
では、思いやりを感じるとは、どのくらいからなのでしょうか?
今回のご相談内容でしたら猫ちゃんのことでお話しましょう。
思いやりがなければ、動物のお世話などできないと思うのです。
ニュースでもたびたび取り上げられてますが、動物虐待する人たちの姿はもうひどいものです。
ゆとりさんはきちんとお世話をなさっておられると思うのです。

そして自分のことしか考えられない人が、やはり動物のお世話をできるでしょうか。
自分の子供ですら餓死させる母親がいるくらいです。
ゆとりさんがなぜそのようにお感じになられるのか、私にはまだわかりません。
猫ちゃんのお世話をしながら、ゆとりさんは猫ちゃんに見返りを求めていらっしゃいますか?
確かになついてほしいものですし、なついてくれるからお世話をすると言うのはあるでしょうね。
しかしそれはペットを飼う方のほとんどがそうではないですか?

屁理屈が多いということも、イマイチわかりません。
なにか悔しいことがあれば何かしら言い負かしてやりたくなるのは、人間だったら誰にでもある感情です。
ゆとりさんだけにそれがあるとは思えません。


>死ぬことのデメリットは、私自身にとっては、楽しいことやうれしいことがなくなってしまうこと。周りにとっては、悲しみと同時に、自責の念も襲ってくるかと思います。


その通りですね。
全くの「無」に帰すのですから。
ではなぜゆとりさんは、そうまでして「無」に戻りたいのでしょうか?
そして周りからも悲しまれることがよくお分かりのようです。
なぜなのでしょう?


>生きることのデメリットは、私に限ったことですが、周りを不幸にすることです。そして、そういう自分を許せず、苦しみ続けることです。母は、精神的にも肉体的にも経済的にも、私がいなくなればずいぶん楽になるはずです。彼もそのはずです。

これが一番よく理解できないところなのです。
どうしてゆとりさんだけが、周りを不幸にしてしまうのでしょうか?
私にも何人かですが、顔も見たくないと言って去って行かれた方々もいます。
では、私とゆとりさんだけが、周りを不幸にしてきたのでしょうか?
そして仮にそのようなことがあったとして、ご自身を許せないという根拠が見えてこないのです。
お母様から、あるいは彼から直接、あなたがいなくなればいいと言われたのでしょうか?
もしそういうことがあったとしたら、それはそういうお気持ちになられても仕方がないとは思います。

しつこいようですが、よろしくご回答お願いいたします。

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2012年4月5日 11時00分


お礼コメント

何度もありがとうございます。

猫のことですが、確かにある程度は世話できていると思います。
でも、本当に思いやりのある人なら、自分の気分のむらとは関係なく、
最初から最後まで、本当に猫のためになるようにきちんと世話をするはずです。
私は、自分の気分のむらで、世話もむらになっています。

確かに、世の中にはたくさんのひどい仕打ちをする人がいます。
動物を虐待する人には、殺す以上の苦しみを与えたいほどの怒りを感じます。
でも、そこは比べるところでしょうか。
もっとひどいことをしている人がいるんだから、世話が適当になってもいいなどと考えていいものでしょうか。

屁理屈はおっしゃるとおり、私だけのスキルではありません。
でも世の中は、「やることもやらないでものを言うな」と言っていませんか?

無に戻り「たい」というより、戻らなければ「ならない」と思っています。
本文にも書いたかと思いますが、私だってできれば死にたくなんかありません。
でも、こんなままの私が、精神的、身体的、経済的に完全に周りに寄生して生きていくなんてずうずうしすぎます。

>では、私とゆとりさんだけが、周りを不幸にしてきたのでしょうか?
すみません、書き方が極端だったかもしれません。
でも私は私を、この世で一番だめな35歳女だと思っています。
こんなに恵まれているのに、どうしてこんなにひねくれているのか。
家事もせず、働きもせず、下手をしたら自殺するかもしれない、
普通ならとっくの昔に恩返しを始めていなければならない年齢になってまで、
まだ自分に完全に寄生している娘を持った母は、不幸ではないんでしょうか。
また、料理をしてくれるでもなく、誕生日を祝ってくれるでもなく、
体をいたわってくれるでもなく、しょっちゅうふさぎこみ、くだらないことを考え、
そのたびになだめて落ち着かせなければならないような彼女を持った彼は、不幸ではないんでしょうか。

もちろん、いなくなれなんていわれたことは一度もありません。
どう思っているかはわかりません。
食事中、母が首をかしげるたびに私は、
「何で私の娘はこんななんだ、あ~あ」と思ってるんじゃないかと思ってしまいます。
本当に失礼な話です。
私にとってどうでもいい話をされると、「うるさい」などと思ってしまいます。
こんなに世話になっておきながら。
最悪です。
最悪だとわかっていても、こういう考えしかできない人間なんです。

記憶喪失になったら、性格や考え方は変わるんでしょうか。
記憶喪失と自殺は、自分にとって違いがあるんでしょうか。

こんなだというのに、やっぱり死ぬのが怖いです。

2012年4月5日 11時38分

カウンセリングへいおん

ゆとりさん、説明ありがとうございました。

男女関係のことだったのですね。
それで思ったのですが、ゆとりさんは事あるたびに「自分は最低」とおっしゃいます。
その基準はどこからくるのでしょうか。

私にはそこまで最低とは思えないので、また質問させていただきました。
何度もごめんなさいね。

そして猫ちゃんにつきましても、やはり同じ疑問が沸いてきました。
猫に限らず、動物は純粋なものです。
動物のお医者さんが友人におりますので以前聞いたことがあるのですが、動物はどれだけ世話をしても、愛情がなければなつかないものだと言っておりました。
私もそう思います。
なので、ゆとりさんが思われるほど最低な人間とはどうしても思えないのです。

生死観につきましては、なるほどと思いました。

「「死ぬこと」は、何もなくなること。いいことも悪いこともなくなりますから、メリットとデメリットがあります。自分にとっても、周りにとっても。」

ゆとりさんには死ぬことのメリットもデメリットも見えていらっしゃるのですね。
死ぬ勇気がないとおっしゃっておられることは、デメリットの方に目が向いているからでしょうか。
ではどういうデメリットがあるのでしょうか?


そして生きること。

「「生きること」は、可能性。「死ぬこと」と同様、メリットとデメリットが、自分と周りにあります。」

先ほどと同じ質問なのですが、死ぬことは生きることを放棄するということですね?
可能性がメリットであるならば、ではデメリットはどのようなことなのでしょうか?
生きることのデメリットが明確であるからこそ、死にたいとお考えになられたのです。
しかしどうも漠然としたお答えしか返ってきません。

そのあたりのことを、何度も申し訳ありませんが、お答えいただけますでしょうか?

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2012年4月5日 09時28分


お礼コメント

再び回答ありがとうございます。
どうも要領を得ない説明しかできなくて申しわけありません。

私には思いやりがありません。
自分のことしか考えられません。
努力もせず、求めるだけです。
そのくせ屁理屈だけが多いです。
十分最低だと思います。

猫のことですが、私に愛情なんてものがあるなんて思いませんでした。
もちろん猫のことは大事ですが、自分の都合のいいように大事にしているだけだと思っています。
世話は十分に行き届いていないし、運動のための遊びもめったにしてあげていません。
でも、獣医さんのおっしゃることなんですから、きっと猫は何かしら感じているのかもしれません。

死ぬことのデメリットは、私自身にとっては、楽しいことやうれしいことがなくなってしまうこと。
周りにとっては、悲しみと同時に、自責の念も襲ってくるかと思います。

生きることのデメリットは、私に限ったことですが、周りを不幸にすることです。
そして、そういう自分を許せず、苦しみ続けることです。
母は、精神的にも肉体的にも経済的にも、私がいなくなればずいぶん楽になるはずです。
彼もそのはずです。

もしまた漠然としすぎていたり、的外れな返答だったら申し訳ありません。

2012年4月5日 09時47分

おはようございます。

ご相談ありがとうございます。

ご相談内容からメールでは限界があるのでは

と感じています。

カウンセリングもすでに受けられたのこと。

カウンセラーも技術や相性が異なります。

あなたが『変わりたい』という強い願望

がありましたらもう一度

カウンセリングを考えてみてください。

お訪ねくだされば

さまざまなセラピーを組み合わせ

あなたを支援します。

新しいあなたに出会えるよう

全力を尽くします。


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2012年4月5日 07時38分


お礼コメント

回答ありがとうございます。

サイトを拝見しました。
ボランティアでなさっているんですね、驚きました。
そういえば、こちらで回答くださっている皆さん、ボランティアなんでしょうか。
ありがたいし、申し訳ないです。

横浜は私の活動範囲ジャストなので、今心が揺れています。
確かに、変われるものなら変わりたいし、死にたくもありません。
でもいかんせん、私は努力が極端に苦手です。
散歩も、日光浴も、読書も、大好きなはずの趣味さえ続きません。
相談に伺っても、そちらの善意と、貴重なお時間を無駄にしてしまいそうで怖いです。

本当に迷っています。
相談させていただく可能性だけ残しておいていただけるとうれしいです。

2012年4月5日 08時56分

追加コメント

こんにちは、早々のコメントありがとうございます。

無理する必要はありません。あなたが『変わりたい』

と強く願った時にお訪ねください。

いつでもドアは開かれています。

2012年4月5日 12時47分

カウンセリングへいおん

ゆとりさん、こんにちは。
カウンセリングへいおんの中島です。

ご相談内容を拝見させていただきました。
私からは、逆に質問したいことがあります。
投稿文章では見えてこない部分があるように思いましたので、失礼ですがよろしくお願いいたします。


まず、どうして、そしていつから死への願望が芽生えてこられたのでしょうか?
「ちょっとしたこと」とは何なのでしょうか。
そして猫ちゃんです。
なぜ、猫ちゃんのことが気になられるのでしょうか?
意味なく気になるだけでしたら、気になさらないでください。

最後に、ゆとりさんにとりまして「死ぬこと」とはどのようなことなのでしょうか?
そして「生きること」とは、どのようなことなのでしょうか?

ゆとりさんの中の世界を知り、何らかの答えができればと思います。

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2012年4月4日 20時26分


お礼コメント

回答ありがとうございます。

「ちょっとしたこと」を少し具体的に書きます。
当時私には「好きな人」が2人いました。
今彼と、元彼です。
そのことが今彼に知れました。
当然責められましたが、悪いのは100%私です。
私は2人を好きだと思っていましたが、実は自分のことしか考えていなかったことに気づきました。
今まで生きてきた中でも、万事その調子だったことにも気づきました。
最低です。
こんな人間は生きていてはいけないと思いました。
そういうことです。

猫のことについては、のぶさわさまへのお返事にも書きましたが、私のせいで自由を奪われました。
そして、こんなだめな飼い主でも、なついてくれています。
母の話では、私が留守にすると、私を探して鳴いたりすることがあるようです。
私が一生帰ってこないとなるとどうなるか、心配です。

「死ぬこと」は、何もなくなること……でしょうか。
いいことも悪いこともなくなりますから、メリットとデメリットがあります。
自分にとっても、周りにとっても。
「生きること」は、可能性……でしょうか。
「死ぬこと」と同様、メリットとデメリットが、自分と周りにあります。
ちょっと漠然としていますし、考えも浅いですから、これが私の心の根にある答えかどうかもわかりません。

説明が足りなくてすみませんでした。

2012年4月5日 08時34分

「心の相談ルーム」オアシス大阪

 初めまして。「心の相談ルーム」オアシス大阪の、のぶさわです。
ご相談内容を拝見しました。

 ゆとりさんは、ご自分に対して非常に厳しく見る事のできる方だな
と感じました。

 世の中には、保険金目当てで親や子を殺しても平気な顔で生きて
いる人もいます。

 あなたは、「親を困らせてやろう」、「親の財産を全部奪い取って
やろう」等とは、微塵も感じてられないですよね?

 逆に、「働かない、家事もしない」ご自分に腹が立って、お母さんに
申し訳なく感じ続けて、その命を差し出してまで償おうと考えられた
のではないですか?

 もし、本当にあなたが生きてゆく価値が無く、償わなければならな
いのなら、何故お母さんはあなたの面倒を見続けているのでしょう?

 猫ちゃんは、どうでしょう? 働かないどころか、色々世話を焼かせ
ますよね。でも、凄く大切に思われてますよね。

 「働かず、家事もせず、何にもしなくても、居てくれるだけで有り難い
存在」って、あるんですよ。

 猫ちゃんへのあなたの愛情に気づいてあげて下さい。そして、
お母さんのあなたへの愛情を気づいて受け取ってみて下さい。
 
 そして、必要以上にご自分を責めるのは、やめてみませんか?
もし、気が向けば、毎日寝る前と、朝起きた時に次の呪文を唱えて
みて下さい。(各10回ずつ)

 「私は、生きていてもいいんだよ」
 「私は何もしなくても愛されてもいいんだよ」
 

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2012年4月4日 18時32分


お礼コメント

回答ありがとうございます。

私の父は自殺しました。
母は、また家族に死なれたくないので、仕方なく私の面倒を見るしかないのだと思います。

猫は、労働できません。
私は、普通に考えれば、労働できるはずだし、するべきです。
私の猫は、私のために、自由を奪われました。
野良猫は生きていくのが大変でしょうが、でも、自由です。
こんな出来損ないの飼い主の元にいるより、充実した一生を過ごせたかもしれません。
そして彼女には、思いやりがあります。
私のことをよくなめてくれます。

母は私のことを、本当は邪魔で仕方ないけど、死なれても困る……と思っているんじゃないかと思ってしまいます。
すごく失礼な話です。
こんなにいろいろしてくれているというのに。
私はこんな考え方しかできないんです。

こんな私が死んでも悲しむ必要なんてないのに、周りの人は優しいからきっと悲しんでしまいます。
私が本当にすくいようのないだめな人間だということを、もっとちゃんとわかってもらえばいいんでしょうか。

2012年4月4日 18時49分

新川公園前メンタルカウンセリング

新川公園前メンタルカウンセリング 心理カウンセラー千嶋のりえです。


ご相談ありがとうございます。

当方にも、最近になり死にたいです・・・との相談が増加しています。

世の中全般に混乱する時期です。
あなただけではなのです。


あなたは、何かを間違えているままになっていませんか?

自死に関しては、この念慮は生きる限り対岸に存在する問題です。
なので、行為に走る前に、どの手段を想定しているか?等の話し合いが出来れば、その旨分析して、解釈が可能です。

どんな手段か?で、あなたの心理状態が分ります。
そこからどうするかを考えれば改善されますよ。

あなたには、これまでと違う角度から自身の内面の問題を探って頂きたいです。
間違えや見落としが起きている可能性は0ではないように感じます。

例えば、心理カウンセリングを再考する事も良いでしょう。
陰に潜むトラウマや軽い躁症状など、ゆっくり時間をかけて検証する価値はあるものと思うのです。


死への恐怖は、あなたが至って正常で健康な証拠です。
なので、強制的に死ぬ事は、得策ではないですね。

あなたはこの様な話題で、もっと人の尊厳や生死について語る事です。
自身はどの様な見解を持っているとか、死への美的感情や悲惨さ等、感じるままを言葉で吐き出すと良いと思います。


当方は死をテーマに様々な話をする職を得ています。
なので、年中、人の死を考え、人の生を考えています。

カウンセラーは、死への知識や見識が高いはずです。
あなたの心に添う様な考えの方を選択してみてください。



心理カウンセラー千嶋のりえ

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2012年4月4日 18時14分


お礼コメント

回答ありがとうございます。

手段とは、死ぬ手段のことでしょうか。
首吊りが確実と聞いたので、それが理想です。

間違えや見落としとは何でしょうか……?
カウンセリングの再考とありますが、
本文の通り、私は母親に寄生中の身です。
母はもうすぐ70で、週6日のパートの給料と、ほんのわずかな年金しかありません。
無料で受けられるカウンセリングもあるのでしょうか?

人の尊厳や生死について語るのは、誰とでしょう。
今基本的に私が接する人間は、母と、恋人の2人だけです。
そのどちらにも、ネガティブな発言をすると、
「そんなことは考えるな。考えても巻き込むな。そんなこと考えるからおかしくなるんだ。」
と言われます。
多分彼らは正しいです。
私が悪いのだから仕方ないです。

ペットロスについての情報はネット上にたくさんあるのに、
飼い主ロスの情報が見つかりません。
こちらは獣医に相談したほうがよいのでしょうか。

2012年4月4日 18時34分

追加コメント

返信いたします。

自殺の手段は分析可能です。
あなたが思う手段も、「今はそう考えるのです。」とカウンセラーにご相談すると、そのことについて、よく話合えます。

話合うことで、あなたの死への思いが吐き出されるでしょうし、同時に生きる事への希望も見えるものと思います。

カウンセリングは、様々な方法があります。
行政窓口で行っている、無料相談から、開業カウンセラーの電話無料相談やメール相談など、探すと無料のところも多いです。

猫ちゃんは、飼い主の理由で飼育が困難になった場合、愛護団体へご相談されてはいかがでしょう。
新しい飼い主さんに出会えると安心です。

しかし、手放す理由があなたの自殺では、相手に失礼だと思います。
あなたが、健康な心を取り戻す為に新しい飼い主さんを探す、と言った事が望ましいでしょう。

死ぬ事を考えるのも、生きているからこその思考です。
あなたを愛する人が存在する事を羨ましく思います。


自殺は自身の思うような結果にならない事があります。


心理カウンセラー千嶋のりえ

2012年4月5日 13時16分