教えて掲示板の質問

「進学した美術大学と劣等感」に関する質問

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とおるさん

はじめまして、私は芸術関係の大学に通う1年生です。先日所属していた高校の美術部に遊びに行きました。その時は放課後だったので美術室には先生と何人かの生徒さんといらっしゃいました。中には初めて会う今年高校を卒業する生徒さんもいました。先生がその生徒さんを私に紹介する時に今年卒業すると言った後、春から有名な某美術大学に通うと言うことを伝えてくれました。私は、卒業の時は言葉にして祝えたのに、その後の内容には何度かうなずくことしかできなかったのです。この行動の原因の根底には劣等感があるからなのでしょうか。

大学生にもなってこんな言い訳がましいことを言うと見苦しいですが、高校時代私もそのような大学を目指していましたが、受からないことが目に見えて怖くなって受けることさえ諦め安易に入れる今の大学に入りました。今の大学が不満ではないし、自分次第でどうにでもできると言い聞かせています。けれどふとした今回の出来事から違和感の様なものを感じました。大丈夫であると言い聞かせてみても、諦めてしまった自分が心のどこかでは気になってしょうがないのだと思います。だから素直に言葉にできなかったのかと、

そこで伺いたいのですが
これは劣等感からくるものなのでしょうか?
それから仮に劣等感だとしたらそらから解放されるすべはあるのでしょうか?

よろしくお願いします。

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2012年3月14日 13時44分

教えて掲示板の回答

こんにちは、ご相談ありがとうございます。

劣等感から生じる感情だと思います。

課題は、劣等感からの解放ですね。

まず、なんのために美大に入学されたの
でしょうか?

例えばですが
絵を描き、評価されたい
美学を学び、視野を広げたい
美術史の論文を発表したい
などがあげられます。

大学のブランドで競うことはあなたの課題解決には
つながりません。

劣等感払拭には、それ以外の目標を設定し

達成することです。

つまり、新しい目標を設定し、達成する
ために力を注ぐことです。

その過程で劣等感は薄れてきます。

春です。課題設定にはいい季節です。
新しいあなたに変身しましょう。

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2012年3月23日 12時57分


Mind Memory~マインド・メモリー~

初めまして。Mind Memoryの みかげです。

劣等感・・・これは誰しも持っているものです。

後輩の進学に対して素直に喜べず、行けなかった自分を責めてしまう・・・

それは、ある意味当たり前の劣等感だと思います。

私もたくさんありますよ(笑)


問題なのは、そう感じてしまった自分を責める事なのです。

自分が目指していたけどあきらめてしまった大学に行ける人・・・

自分が出来なかったことをできる人・・・

自分にないものを持っている人・・・


そういう人の事を、羨ましいと思ったり、妬ましく思う自分を責めてしまうと

色々な劣等感に悩むことになります。

そう思う事が悪い事だと感じてしまうと=自分は悪い人になってしまいますからね?


羨ましい。妬ましいと感じている自分を認める事。

だって、羨ましいものは、羨ましいですからね^^


問題は、その後です。

自分が行きたかった大学に進学する後輩は、きっとああなって、こうなって、あんなふうになって、自分よりも成功の道を歩むに違いないのだろう・・・

といった妄想があるかもしれませんね?

それに比べると、今の私は・・・と悩み始めます。

後輩に対する将来のビジョンは、あなたの思い込みでしかありません。

思い込みとは、事実ではない事を、あたかも事実のようにとらえて信じ込むことです。


後輩は、もしかしたら、大学に入ってから、みんなについていけなくて、強い劣等感にさいなまれる可能性だってあるのです。

芸術活動さえも、やめてしまう事もあるかもしれません。

志望校に入る=自分の才能が開花するわけではないのだと・・・・

そう思うと、後輩の未来も、ちょっとかわいそうかもしれませんね。


貴方は、志望校を決める際に、あきらめたのではなく、自分の分をわきまえて正しく選択したのだと思います。

ですから、現在の大学に不満を感じていないのですよ。

後輩と比べてしまったがゆえに、自分の正しい選択を ”あきらめた” という形に置き換えてしまっただけかもしれません。



劣等感や挫折感は、なくすことは出来ないに等しいです。

誰しもが感じる必要な感覚だからです。

劣等感や挫折なくして、人間は成長できません。

劣等感があるからこそ、”もっとできる自分になりたい” と思う事が出来るのです。


劣等感を持つ自分を責めるのではなく、活かしてみてはいかがでしょう?

特に芸術とは、言葉にならない自分想いの表現方法だと私は思っています。

その劣等感をも、今後の自分の製作、活動に活かして作品にされることが、

劣等感とうまく付き合う方法になるのではないか?と思います。

これからのご活躍を楽しみにしています。



PS・有名な芸術家ほど、劣等感にさいなまれてい人が多いものですよ^^

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2012年3月23日 11時01分


カウンセリングルーム「春告げ草」

こんにちは、「春告げ草」の知原です。

ひとことで済ませて、宜しいでしょうか?。


美大卒業後に、「絵」で食べていけないのであれば。

何処で学ばれても、同じだと思います。   以上です。

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2012年3月22日 20時02分


とおるさん、こんにちは。
カウンセリングへいおんの中島です。

ご相談を拝見させていただき、感じたことをまず申し上げたく思います。

とおるさんは、非常に感性が豊かな方だなと思いました。
芸大に進学されるのも頷かされます。


劣等感と表現なされていますね。
それはおそらく正しいことだと思います。

問題はここからです。


「劣等感からの開放」とありますが、開放とは?
ご自分が目指した美大に進学される方を見て、心からお祝いすることができなかったことは事実なのですが、それからの開放とおっしゃることが問題かなと思います。


「開放」という言葉の裏には、「現在の心境が悪いものだ」という認識があるはずです。
そしてそれは、自己のディスカウントに他なりません。

目標としていた大学への受験を恐れて、「諦めてしまった」ご自身への怒りがそもそもの原因なのではないでしょうか。


ですから、とおるさんがおっしゃるような「開放」ではなく、それが「目標」に変われば解決するのではないでしょうか。
学校はあくまで通過点にすぎません。
その先のどこかに目標を置きさえすれば、自己卑下の感覚はいつか消え去ることでしょう。


世間を見てください。
高学歴の方々よりも何倍も収入がある高卒の方はいくらでもいます。

とおるさん、道は1本だけではないのです。
いくらでも道はありますし、回り道したとしても結果的に満足できる人生を後れればそれでいいと思われませんか?


まだまだ先は長く、可能性は山ほど残されていますよ。


二度とやってこない青春を、精一杯楽しみましょう。




応援しています。

またご相談くださいね。

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2012年3月22日 16時38分


はじめまして。心理セラピスト KENです。

ご自身の内面をとても冷静に見つめていらっしゃいますね。このこと自体があなたの心の良い意味でのナイーブさを表していると思います。

あなたがあきらめた進学先に後輩が進むことを素直に喜べない気持ちに気づかれたのですね。そしてそれが劣等感からくるものだと思われたのですね。

人間というものは、ついつい他人と比較して自分を評価してしまうものです。心理セラピストの私でさえ度々そのようなことがあります。

でも、やはり他人は他人、自分は自分なのだと思います。何より大事なのは自分が幸せで、人生が楽しく、人間として成長することなのだと思います。

他人と比べるとそれらができなくなります。「もっともっと」「人よりもっと」。もっとどうすれば満足するのでしょうか。きりがありません。

それより自分の目の前にあることに集中して、一歩一歩自分だけの山を上っていくことが人生の充実感につながるのです。

あなたなら、カウンセラーなどの力を借りずにご自身でやり遂げることができると拝察いたします。

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2012年3月22日 16時31分


新川公園前メンタルカウンセリング

新川公園前メンタルカウンセリング 心理カウンセラー千嶋のりえです。


ご相談ありがとうございます。


あなたの感情を劣等感と仮説するなら、その背景には幼少からの環境が関係します。

親御さんから受ける言葉に、比較級が含まれれば、子供は物事の基準に誰かを設定してしまいます。
その癖が成人後も治っていなければ、何かの折に葛藤が起きると思います。

劣等感として、あなたには謙虚さを含んだ表出が起きていますが、深層は探ってみなければ判然しないと感じます。

そして、この感情は癖と仕組みか解明されれば回復可能です。

自己で改善する事はかなり困難ですが、カウンセリングで改善は見込めます。

過去の記憶を元に、あなたの内面を見つめながら、問題箇所に焦点を合わせ、排除したり再生したり変化させたりします。

カウンセリングをご検討されると良いと思います。


怒りの心に変わる事もあります。
その時には、自身の体調も変化するものとお考え下さい。


心理カウンセラー千嶋のりえ

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2012年3月22日 16時17分