教えて掲示板の質問

「統失の親のもとで育ちました。苦しみを誰か分かって欲しい。」に関する質問

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ハチ公さん

私の母は10代の時に統合失調症を発症したそうです。母と祖母と私で暮らしていました。
ただ、叔父(母の弟)が若い頃に母を病院に連れて行った時はまだ治療法も確立しておらず、医師から「ノイローゼだ。多分一生このままだろう。」と言われたそうで、私もそれを聞いていたので母が統合失調症という病とは知りませんでした。(知ったのは母の死後、本を読んだからです。)
母は、状態が安定している時は“普通”でした。会話も通じるし。ただ調子が悪い時は、「男なんてみんな死ねーー!!!」と叫んだり、誰もいない部屋で「私に話しかけないでください!!!」と言っていました。近所の人から苦情が入ることもあり、祖母が必死で謝っていたのを今でも覚えています。
一緒に外出している時に症状が出て、周囲の人に白い目で見られたりもしました。
家事はあまり得意な母ではなく、体操着のゼッケンなどは小学校の頃から自分で付けていました。
母は病気のせいもあって働いても続かず、1ヶ月程度で辞めては家にいました。私はずっと「母は怠けているだけだ」と思っていました。生活費は児童扶養手当と祖母が貰う年金、それと叔父の助けで成り立っていました。母は児童扶養手当を使って家族旅行に行くこともありましたが、一人でどこかに行き、数日後に高そうなお土産と共に帰ってくることもありました。一緒に買い物に行った時に「すぐ戻ってくるから」と私を一人公園に置いてパチンコに行ったこともありました。やがて叔父は「お前がしっかりせなアカンねんで」と中学生になった私に児童扶養手当の振り込まれる通帳とカードを預けましたが、私は母の行動を真似るように自分の好きなものを買ったりしていました。(家族の食費も払いましたが)
それ以降は私が食材の買い物をしていました。小学校高学年から私は不登校になりました。部屋の掃除や自分の分の洗濯は自分でしていました。この頃から母は私に赤ちゃん言葉で甘えるようになってきました。私は心の中で「本当は私が甘えたい歳なのに!!」と思いながらも「母も苦労して、親に甘えてこれなかったから今その反動が出てるんだ、仕方ない」と自分に言い聞かせていました。
私は母を「頼れる人、甘えられる人」と思わなくなり、母が寝たきりで何もしない時は食事も自分で作りました。中学の時に母は肺塞栓で一度倒れ、通院しながら薬を飲むことになりました。私が定時制高校に進学した冬に亡くなりました。私は「自分がちゃんと薬の管理をしなかったからだ。」と自分を責めました。祖母は認知症になっていたので老人ホームに入り、私は大叔母(祖母の妹)に引き取られました。
大叔母は70代でしたが働いていて、その収入と年金で生活していました。私はアルバイトを始め、家に毎月3万円入れ、定時制高校の学費や携帯代、シャンプーなど日用品代も自分で払っていました。
週3から4日で早朝アルバイトをし、昼に帰宅してから夕方に学校に行っていました。バイトの無い日は昼まで寝ることも多々ありました。(周りの同い年の子たちもそんな感じでした)
当時の私は母のこともあって大人に対して“強い不信感”を持っていました。今まで家族団欒な生活ではなかったので何を話せば良いか分からず、食事が終わると自分の部屋に行っていました。大叔母は仲良く話したかったみたいで寂しそうでした。また感情的になり大叔母に反抗することもありました。
大叔母は私に「もっと家事を手伝って欲しい」と言っていました。私が手伝っていたのは
•家の掃除(月一回くらい)•食器洗い(ほぼ毎回)•買い物(たまに)•洗濯物を畳む(たまに)でした。
料理は全然しませんでした。大叔母は「この子はホンマに何もせん」「楽して育ったから」と言っていました。私は「何も知らないクセに!」「高校生で家にお金を入れて学費まで払ってるのに、まだ頑張りが足りないのか」と思っていました。周りを見ても「昼間で寝てた」「料理…できねーww」「学校忙しくてバイトなんかしてられへんで」「お母さんが洗濯してくれてなかったから怒った」なんて言ってる高校生がいるのに、ずっと自分ばかり責められているようで、どこまで頑張るかの基準が分かりませんでした。
高校卒業後は当然就職するつもりでしたが、叔父から「俺は高卒で苦労した。学費は出したるから」と背中を押され、進学を決意しました。叔父の言葉に感動し、この人を絶対に幸せにしなければいけないと感じました。しかし大叔母は進学に納得いかないようで「大学なんか行かんと働いたらええねん」と言われました。私が就職したくないが故に逃げてると思ったようです。(私の説明不足でした)
それからも大叔母は事あるごとに「しんどいわ」「大学に受かるまでは頑張るからな」と遠回しに嫌味を言ってきました。私は「私がもっと働いかなきゃ」と思い、バイトを増やそうとしましたが、店長から「受験勉強できなくなるぞ」と止められました。結局現役では受からず、塾の費用を自分で払いながら浪人することになりました。バイトが終わったら帰宅→炊飯や食器洗いなど少しでも家事→急いで昼食をとり塾へ→夜7時まで勉強という生活でした。バイトが無い日はつい9時や10時まで寝ていました。
一度大叔母と喧嘩し「私のこと家族と思ってないやろ?!」と言われたので、受験勉強しながらもテレビを観る時間など出来るだけ一緒に過ごすように気遣いました。しかしある日また大喧嘩をしました。
猫を飼ったいたのですが、大叔母はトイレの砂をあまり替えませんでした。臭すぎて我慢できず、何度か「砂変えようか?」と言いましたが、いつも「もう少ししたらまとめて替えるから待って」と言われました。(砂代を節約したかった様子)しかしこの時は受験勉強のイライラも重なり我慢できず、私も強い口調で大叔母にトイレの砂の件を言いましたが、結局同じ台詞が返ってきました。私がイライラしながら自分の部屋に戻ると「そんなに嫌なら、おばちゃん猫は大事やから◯◯ちゃんが出てってくれてええねんで?!全く…誰のおかげやと思ってるのよ」と言われました。私は最後の台詞にとうとう我慢できず
「育てて“やってる”ってこと?!!!」と反抗しました。私はどこか恩着せがましさを常々感じていました。(例:本を読みながら「母は偉大やで」と言ったり、新聞にあった、母に孝行した息子の感動話を読み聞かせたり)そこから私はもう我慢がきかず大喧嘩をし、「そんなに嫌なら出てってやるよ!」と決意しました。翌日荷物をまとめ、知人に車を出してもらい、母たちと住んでいた家に戻りました。
(もともとゴミ屋敷だった上に3年も放置したので片付けが大変でしたが)結局一人暮らししながら受験勉強をし、大学合格後から今もずっと一人暮らしです。大叔母とは何度か会い、一応和解しました。
私が「色々苦労をかけてすみませんでした」と言うと「やっと分かった?」と言われ、また「◯◯ちゃんはウチの子であってウチの子じゃないねんから、そういう振る舞いをして欲しかった」と言われました。
その瞬間に私は「あぁやっぱりか」と思いました。大叔母はどこかで「私はわざわざ他人の子を引き取って育ててやっている。凄く感謝されるべき立派な事をしている」と思っていたのだと感じました。
確かに客観的に見れば、他人の子を引き取るのは凄く立派な事です。虐待される子もいる中で私は恵まれてたのかなと思います。しかしどこかで「恩着せがましさ」を常に感じる生活はやはり苦痛でした。
今となっては、大叔母も「ちゃんと育てられんくてすまなかったね」と言ってくれるようになりました。 また私も「バイトで家計を助けながら家事もしっかりやる高校生なんて片親家庭では普通なのかな」と思うようになり、もう少し家事を手伝えば良かったとも反省しました。自分が大叔母に心を開かなかったのも原因だと感じました。しかし今でも心のどこかで、大叔母の「恩着せがましさ」に違和感を感じています。また統合失調症のことが周囲に理解されず、私のことを「ずっと親に甘やかされてきた子」と思っている雰囲気が伝わってきます。中学の頃は料理や洗濯も自分でしていたとは誰も思っていないでしょう。(私が話してないから当然ですが。)しかし時折、誰かに苦しみを理解してほしくて辛くなります。
「貴方は何も悪くない」と全肯定されたいのではなく、辛い経験をしてきたことを理解して欲しいと思います。大叔母の娘息子さんたちに責められるのも辛いです。でも統合失調症の事なんか話しても親戚一同には理解されないと思っています。まず精神的病に理解がありません。大叔母は今、実家に帰ってきた息子さんの収入で暮らしています。私にも「戻りたかったら戻ってきていい」と言いましたが、一緒に暮らしたらまた嫌味を言われるんじゃないかと思うと戻る気になれません。あと、私は幼い頃に近所のおじさんに嫌な思いをさせられたので、男性と住むのが怖いというのもあります。なので今はたまに大叔母を食事に誘ったりして交流しています。以前は毎月1万円渡しに行っていましたが、どうも息子さんのパチンコ代に消えているようだったので渡すのをやめました。

私の高校生時代の頑張りは足りなかったのでしょうか?私はこれから、大叔母とどう接するべきでしょうか?また母の病のことなど話した方がいいですか?
大変長くなって申し訳ありません。ぜひ専門家の皆様の意見をお聞かせいただければと思います。

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2014年3月19日 22時59分

教えて掲示板の回答

ハチ公様、初めまして、ルイーラピュアの専属カウンセラーのゆここと申します。

壮絶な人生だったのですね。
本当によく、ここまでやってこられたなと思います。
私なら、我慢できていなかったかもしれないと思います。

お母様のことについて、生前、一生懸命されていたこと、全部、はなしていいとおもいます。
統合失調症が、どんなに辛い病気なのか、どんなに家族が辛かったかなど。。。

もう頑張ってこられているのです。
少しは休憩なさっていいと思います。

高校生で、定時制の高校は今でこそ生徒数は、増えているようですが、私が通った頃は、いろんな年齢の方がいらっしゃり、たくさん人生の勉強をさせて頂きました。

みんな、どれだけ、仕事をしているかで、競うほど頑張っている友達もいれば、引きこもりがちで、親にまだまだ甘えていらっしゃる方もいました。どれが正しいかは、わかりませんが、一生懸命働くということは、社会にでて頑張っているということだと思います。

大叔母に、恩着せがましくされるのもとても嫌ですね、でも、見てるひとは必ずいると思います。

私こそ、長くなってもうしわけありません。
育ててもらったことには感謝して、その思いは伝えて、お母様の病気について、資料を用意し、大変だったことを、知ってもらってください。
少し距離を保って、接するほうがいいかもしれませんが。。。
ハチ公様は、頑張り過ぎなくらい頑張られていますし、高校生なのに、本当に負けずに頑張っていらっしゃいます、充分です、御自身の幸せのためにいきてください。

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2014年3月22日 15時08分


お礼コメント

ルイーラピュア様

ご返答いただきありがとうございます。
自分は頑張った。頑張っていると胸を張っていいのでしょうか。今でも自信が持てません。
「いじめとかが原因でもないのに不登校になんかならずにちゃんと勉強してれば、もっと違う人生だったんじゃないか」とか、「お金の管理をちゃんとしてれば大学費用の足しにできたのに…」とか「もっと認知症の祖母の世話に協力すべきだった」とか「私が薬の管理をちゃんとしてれば、母は死なずに済んだかもしれない」等と感じてしまいます。他人の長所と比較しては劣等感を抱いています。それと同時に「子どもだったのに何でこんな色々背負わなきゃいけないんだ!」と思っている自分もいます。私の幸せも大切ですが、大叔母や叔父にも恩返しをしなければなと思っています。足かせでもあるのかもしれませんが、叔父という道しるべが無くなったら私はもう生きていけないんじゃないかとすら思います。
まだまだ言い出したらたくさん話したいことがありますが、キリがないので止めておきます。
本当にありがとうございました。

2014年3月25日 14時56分

ハチ公さん、はじめましてTOMTOMの松村と申します。

ハチ公さんのメッセージを読ませて頂きました。
これまでとても理解されづらい境遇に、
胸のうちに様々な悩み苦しみを抱えてこられたのですね。
その思いはとても語りきれるものではないでしょう。

語りきれるものではない、と理解したうえで、
このメッセージに対する回答をさせて頂きます。

ぜひ周りの方々に、感謝することをおすすめします。

お母さんの調子が悪いとき、近所から苦情が入ったとき、
必死に謝ってくれたお祖母さん、感謝してます。ありがとう。

生活費を助けてくれた叔父さん、感謝してます。ありがとう。

面倒を見てくれた大叔母さん、感謝してます。ありがとう。

感謝に値する、ありがたい環境というのは、
これがそうだ、という答えなどありません。
生活が貧しい国では、今日食べるものにさえ
困っている子供だっています。
それに比べれば、震災で被災した方々でさえ、
仮にも雨露しのげる家があり、今日生きるための食べ物が、
あるだけ恵まれていて、ありがたい環境だと言えるでしょう

あなたより恵まれていない人から見れば、
あなたは恵まれいます。
あなたより恵まれた人から見れば、
あなたは恵まれていません。

つまり、あなたが今、もしくは今までおかれてきた
環境や出来事に本来の意味というものはなく、
あなたが
ありがたいと感じて生きていく人でありたいのか、
恵まれていないと感じて生きていく人でありたいのか、
が重要なのです。
あなたの現実は、あなたの心がつくるのです。

ぜひ感謝することをおすすめします。

それはあなた自身に対してもそうです。

イメージしてください。
目の前には、昔のあなたがいて、
心には悩み苦しみを抱えています。

家事が得意ではないお母さんの代わりに、
体操着のゼッケンをつけてくれて、ありがとう。
食材の買い物や、料理もしてくれて、ありがとう。
部屋の掃除や、洗濯もしてくれて、ありがとう。
学校もあるのに、アルバイトして生活費も払ってくれて、
よく頑張ったね、ありがとう。

そうしてあなたが、あなたを癒してあげる事が出来ます。

そうして感謝してくれる大人が、その時あなたの周りに
一人でも居たなら、あなたの心も救われたのではないでしょうか。

そうして感謝することが出来る大人として、
あなたが生きていくことができたら、
同じ悩み苦しみを抱えて生きる誰かの心を、
あなたが救う事が出来るかもしれません。

イメージしてください。
そうして誰かの心に寄り添い、救う事ができたときに
ありがとう、と言われたらどんな気持ちになるでしょうか。

もし嬉しいと感じたなら、
あのときの経験が、感謝することの大切さを、
気づかせてくれたのだと、
ありがたい経験だったと心から感じる
時が来るかもしれません。

感謝する心でいるからこそ、
感謝するような現実を作り出していくのです。

いきなり心から感謝出来るようになるのは、
難しいかもしれません。
ただ感謝できない、あるいはしてない自分を
是非責めないで下さい。

感謝すれば解決する、と言っているのですから、
信じられなくても当然の話です。
信じなくても構いません、
ただ是非試してみてください。
感謝はいくらしても減りませんから大丈夫です。

感謝の心で居ることをおすすめします。
そしてあなたの問いの答えは、あなたが持っています。
あなた自身に、感謝して、信じてください。

最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
あなたが、ありがとうに溢れた人生を
生きていく事を心から願います。

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2014年3月22日 11時18分


お礼コメント

TOMTOM様

確かに人に感謝することは大切ですね。足りないものではなく持っているものに意識が向くようになれば、自分の心持ちもかわりそうです。
自分に感謝するというのは、現段階では上手くできそうにありません。周りからも散々否定されてきたので、皆さんから励まされた今でさえも自分が本当に頑張っていると胸を張れずにいます。これからいい方向に変わっていけたらなと思います。ありがとうございました。

2014年3月25日 14時44分

カウンセリングルーム・エンパシー

ご相談内容を拝読しました。人は、誰かに話を聞いて貰うだけで心が楽になります。カウンセリングにはカタルシス効果といって、魂の浄化作用があるといわれています。あなたは誰かに「分かって欲しい」「共感して欲しい」という欲求があります。感情には大きく分けて2種類あります。それは、本物の感情と本物の感情の代用感情です。本物の感情は、「怒り「喜び」「怯え」「悲しみ」の4つです。たぶん、あなたの本物の感情は「悲しみ」だと思います。本物の感情には問題を解決する力があります。あなたが、昔の体験場面で子どもながらに自分の生き方を決断したとき、それに感情を重ねています。その感情は、偽物の感情です。偽物の感情では、問題は解決出来ません。本物の感情をじっくり味わってください。あなたの心の中の「内なる子ども」の癒し方をご教授したいと思います。文章の最後のご質問の答えと合わせて、無料で回答フォローいたします。遠慮無く「mental@r-empathy.com」までご連絡ください。

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2014年3月22日 07時45分


お礼コメント

カウンセリングルーム•エンパシー様

確かに誰かに話を聞いてもらうだけである程度スッキリします。話し方が下手で誤解を招いたことも何度もありましたが。また何かありましたら連絡させていただきます。ありがとうございました。

2014年3月25日 14時37分

ハチ公さん、プランツの青木です。

高校生時代のハチ公さんの頑張りは足りないどころか、甘えたい時に甘えられず、頼りたい時に頼ることも出来ず、学生生活を楽しむこともままならず…本当に頑張りましたよ。

お母さんの病気を理解されず、ハチ公さんが甘えていたように思われるのは辛かったでしょう。今でも辛いですね。

精神疾患というのは、知識や体験がないとなかなか理解されないものなので内容を拝見していても「もどかしさ」を感じました。

これから、大叔母さんとどう接していくことがいいの…

私自身のカウンセリングの経験で言えば、大叔母さんに統合失調症の話をストレートに話してもすんなり理解されるようには感じません。

「信じてもらえないかもしれないけれど…」と前置きをおいて、大叔母さんがハチ公さんに心を少し開いている(恩着せがましいことを言わない時)時に少しずつ時間をかけて話していくことをお勧めします。

ただし、数回話しても大叔母さんが信じてくれない場合は諦めてください。

無理に理解されようとすれば、今度はハチ公さんが理解されないという葛藤とモヤモヤを持つことになり、大叔母さんへの不信感が募る結果になりかねませんから。

そして、大叔母さんとの接し方はハチ公さんが傷つかないようにすることが一番です。

接することで不信感や不満を募らせることは避けていいですよ。

感謝する気持ちと仲良くすることは別です。

仲良くすることが感謝の証ではありません。

ハチ公さんが会いたいと思った時に会えばいいとカウンセラーの立場で断言できます。

ハチ公さん、本当に頑張りましたね、辛い時、寂しい時、悲しい時、話したい時…
たくさんあったと思います。

これからの人生をハチ公さんらしく生きて欲しいです。

応援しています。

また、辛い時や知りたいときは掲示板に書き込んでください。



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2014年3月21日 23時54分


お礼コメント

カウンセリング プランツ様

ご返答いただきありがとうございます。
そうですね、甘えたい盛りに甘えられなかったフラストレーションは今も私の中に溜まっている気がします。大叔母は母親として甘えられたかったみたいですが、どうにも母親とは思えませんでした。どんなに嫌なところがあってもやはり母は一人ですから。大叔母とはお互いストレスにならない適度な距離を保っていこうと思います。無理に仲良くしようとすることは避けていきます。カウンセリング プランツ様の優しいお言葉に勇気づけられました。本当にありがとうございました。

2014年3月25日 14時34分

ことゆめ心理カウンセリング

読み終えて深いため息が出ました。
よくここまで頑張って来られましたね。

本当に大変だったでしょう。

言葉だけでは伝えられない思いもまだ沢山あると思います。

寂しい思いをされましたね。

他の多くのお子さん達が親に甘えている頃に、あなたは既に自分のことは自分でやっていた。

預けられた家でも負担をかけないように気を遣っていらした。

これ以上何が出来るでしょう。

充分です。

多くの人は自分の要求に絶対的な基準を持つことが出来ないのです。

大叔母様もそうで、甘えや我儘が出てしまったのでしょう。

叔父様がしてくれたことも自分にも手柄があるように錯覚してしまったのかも知れません。

お母様のこともご存知ないのですものね。

お母様の生活の仕方と、あなたが身の回りのことを全てご自分でやってきたことは事実なので、その話はするべきだと思います。
病名は話の流れで必要なら出せばいいと思います。

心に無理をする歩み寄りはしない方がいいと思います。

相手を喜ばせるための言葉も、ご自分でそう思わないのであれば言わない方がいいでしょう。

相手が喜ぶであろう言葉も、本当に感じたことだけを伝えた方がいいと思います。

あなたの判断力はとても優れています。

自信を持ってこの先を進まれて大丈夫です。

   ことゆめ

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2014年3月21日 21時31分


お礼コメント

ことゆめカウンセリング様

ご返答いただきありがとうございます。
定時制高校ということで、友だちにも苦労人が多く、私の相談をしても「○○ちゃんがもっと頑張らなアカンと思う」と言われたりして「やっぱり私の考えが甘いのか」なんて悩んだりしました。皆様にご返答いただいた今もなお、まだその気持ちは残っています。
しかし一方で、当たり前に親から学費を出してもらっている子や、アルバイト代を好きに使っている子、昼まで寝ても怒られない子などがバイト先や中学の同級生にいて生活環境の違いに悲しくなったり嫉妬することもあります。ただ、皆様に苦しみを分かっていただけたおかげで、少しは心が軽くなりました。周囲の人にも、もっと統合失調症のことや幼い頃の生い立ちなどを話せば理解されるのかなとも思いました。きっと話す勇気が出ないでしょうが…。
皆様のお言葉を励みに生きていこうと思います。このように相談できる場があって本当に良かったです。苦しくなったらまたこの掲示板を読み返します。本当にありがとうございました。

2014年3月21日 22時49分

追加コメント

丁寧なお返事をどうもありがとうございます。

「やっぱり私の考えが甘いのか」という悩みに囚われてしまう方は、自分に厳しい方が多いです。
相談されたお友達など、一般の方は相談の受け方のプロではないので心の酌み方が妥当ではないことが多いのです。

他の方へのお返事ですが、
「大叔母も苦しい中必死に私の世話をしてくれましたし、私を引き取ってくれた時の優しさは本物だと思っております。」
この言葉に心を打たれました。

あなたのこのお言葉にも本物を感じます。

そのお気持ちがあるだけで充分だと思います。
優しい真心は伝わっていきます。

2014年3月22日 09時51分

NPO法人メンタルセラピスト協会

あなたの高校時代の頑張りはあなたなりに精一杯だったのでしょう。お母様の病のことはよく伝わりました。辛くていやな思いをいっぱいされたことと察することができます。よく頑張りましたね。お母様は娘のあなたと一緒にいられて、支えられてこの世を去られたのですから、幸せだったかもしれませんよ。恩着せがましく大叔母が言ってきたのはその方が「誰かに自分を認めてほしい」という気持ちがあったのではないでしょうか。これからの接し方については、大叔母の嫌なところを許し(無理であれば距離感を保ち)これからもたまに食事に誘って交流していくだけでも私はいいと思います。お母様の病のことを話したほうがいいかと思ったのはどんな理由からでしょう?本当に話した方がよいと判断したときに話してもよいのではないですか。たとえばその人のためになるとき、あるいは自分の心の中のもやもやを無くしたいときなどです。

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2014年3月21日 20時28分


お礼コメント

NPO法人メンタルセラピスト協会様

ご返答いただきありがとうございます。確かに、大叔母も私と同じように、誰かに苦労や頑張りを認めて欲しかったのだと思います。大叔母のお子さんたちが全員実家を巣立っていったこと、あまり親孝行してくれないこと(そればかりか大叔母にお金を借りにくる)のが寂しかったのだろうというのは私も高校生の頃から何となく察していました。そうした寂しさや実の子どもたちに対する不満まで私にぶつけられているような気がして反発していました。どうしても母から甘えられていた経験を思い出して不快になってしまったのだと思います。幼い頃の経験から、目上の人に甘えられることに過剰な嫌悪感を感じるようになりました。

ただ、大叔母も苦しい中必死に私の世話をしてくれましたし、私を引き取ってくれた時の優しさは本物だと思っております。大叔母ももう歳ですし、「後悔先に立たず」にならぬようこれから仲良くしていきたいと思います。ありがとうございました。

2014年3月21日 22時38分

サニー

八公さま
お悩み拝見させていただきました。

ハチ公さんの ストレートな感情や思いと それとは別に思考や理性。周りの人たちへの理解や受領。そして 周りの多くの同じ年の子供たちとは違う境遇と自分と同じような日常を送る人。

今までよく 頑張ってこられましたね。
すぐには言葉が出てこないところが 正直なところです。

人は不平等な生まれ方をします。不平等が普通です。
そして 自分が恵まれているほうがいいと思う方が多いのではないでしょうか?
これは あやさんのお気持ちの話ではありません。押し付けのように感じましたら申し訳ありません。

お母さんのこのような状態は、あやさん自身が健やかに成長していただきたい幼少期から遠い生活であったことが感じられます。

大人になろうとする自分と 本音のお気持ちとを同居させながら そしてお世話になっている方たちに感謝と交流を持ちながら もっと違う接し方もあるのにと思いながら あるべき姿でしかいられなかったととらえてよろしいですか?

一つだけ 言わせてください。
大叔母さんは 恩に着せたいきもちがあったのかも知れないのですが 血は繋がっていても 真の親とは違うので どうにもできないお気持ちもあったのではないでしょうか? それは あやさんにも 心当たりがあるかも知れません。
大叔母さんも そのことで 本音では苦しまれて苦悩されていたかもしれません。
そして 70歳であっても働かれていたということなので 頭脳やお気持ちは若いほうであったかも知れませんが、年齢とともにどうしようもないことがあります。
恩に着せたいきもちと また 別のお気持ちもあったのかも知れません。

それでも 大叔母さんとお付き合いが続いているご様子ですね。
大叔母さんのほうでも 我が子と同じにはいかないかも知れませんが あやさんを思うお気持ちもあるのは事実かと思います。
そして もっと近しい関係になれることへの希望があったのではないでしょうか?

そして お世話になってるというあやさんの態度をもっと感じていれば 大叔母さんはこのような発言はしなかったかも知れません。

なぜ この話を書きましたかといいますと このことで あやさんの視界が広がり 楽になる部分も増える可能性があると思いました。

解ることで 消化することはあるものです。


>私の高校生時代の頑張りは足りなかったのでしょうか?

このことに対しての答えは2つ出てしまいます。
一生懸命ホント頑張ったことは事実です!
もう一つはもっと違う頑張り方もあったのかも知れません。
私は頑張ったと思います。その時点で頑張れるだけ頑張ったと拝見させていただきました。

>私はこれから、大叔母とどう接するべきでしょうか?

あやさんはどうしたいですか? 自分の心を感じてみてください。
又 あやさんが必要としているだけの 存在には 成りきれなかったのかも知れませんが 大叔母さんも 心配したり 案じたり 愛情ももっておられたと思います。
誤解はあったのかも知れません。


>また母の病のことなど話した方がいいですか?

これも あやさんは どうしたいですか? 自分がどうしたいか?も大事だと思います。

また お母さんの病気の事をお話しすることで あやさんに対しての誤解なども減ったり あやさんの苦労なども もっと理解してくださるのではないでしょうか?

それから おじさんが 大学に行かせてくださろうとしたのですよね。
結果的にはお世話にならなかったのですが お気持ちは本当だと思います。
そして お金の金額が大きい問題です。
この場合 お金を出していただかなかった方が良かったという『結果』もありますから 助けていただかないほうが良かったかも知れないのです。

話が 「かも 知れません」になって申し訳ありませんが。

それと お母さんの病気の事を お話しするのであれば
母はこういう病気だったと話すよりも
まず こういう病気があるという事実を伝えてから 実は母がそうだったと話す方が伝わりやすい可能性があります。

そして こういう状況下で自分は育ったのだとお話されたらどうでしょうか?
自分は まだ 当時は それらの事も どうしていいのか?話していいものか? 話すとしたら どのように話せばいいのかも 分からなくて なにもできなかったことや
心を開いて 自由に話せる自分ではなかったこともお伝えしたらどうでしょうか?

これらの お話をされることで 以前よりも 分かりあえて近しい身内になっていただけることもあります。

気にかけてくれた お身内です(#^.^#)

読んでくださってありがとうございます。

ご自身の心の解放が進まれますようにと思います。

カウンセリングサニー

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2014年3月21日 19時37分


お礼コメント

カウンセリングサニー様

ご返答いただきありがとうございます。自分でも「こう行動すべき」という理性と「こうしたい!」という本心の間で葛藤しており、それもとても辛かったです。大叔母にも辛い思いをさせたと思います。私と住んでいる間はストレスで胃がかなり荒れていたようです。最近は落ち着いてるみたいですが。大叔母も様々な葛藤があったのだと思います。今の私も口下手な所がありますが、昔の私はもっともっと口下手で、人に悩みを打ち明けない性格でした。大叔母は感謝もして欲しかっただろうし頼って欲しかったのだろうと思います。私が何を考えているか分からないのが一番のストレスだったのでしょう。これからは少しずつでも言葉で気持ちを伝え、仲良くやって行きたいと思います。ありがとうございました。

2014年3月21日 22時29分

浜野総合事務所

1 驚くほど、質問者は良く頑張ってきました。これ以上頑張る必要はありません。これほど不遇な環境で、ここまで立派に生活してきた方は世間に滅多に見ません。私事ながら、当職も若年時には似たような境遇でしたが、質問者の生き様と比べるとただただ恥じ入るばかりです。
2 大叔母は悪人ではないようですが、世間一般によくある恩着せがましい性格です。客観的にはたいした世話にもなっていませんので、現在のまま、たまに食事に誘う程度の交流で十分でしょう。
3 母親の病のことは、今さら誰に話したところで何の効果もありません。聞かれたら答えるというスタンスでよいでしょう。
4 今までの質問者の苦労は決して無駄にはなりません。これからの長い人生の中で、あらゆる困難に打ち勝ち、生き抜いてゆくパワーになるでしょう。できれば、生涯の伴侶を得て、幸せな家庭を築かれるよう願ってやみません。

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2014年3月21日 19時13分


お礼コメント

浜野総合事務所様

ご返答いただきありがとうございます。ずっと溜め込んでいたので、苦しみを分かっていただけたようで心が軽くなりました。大叔母とは適度な距離を保ちながら関わっていこうと思います。
励ましのお言葉を刻んで生きていきます。また辛くて挫けそうになったらこの掲示板の皆様からの励ましを読み返そうと思います。本当にありがとうございました。

2014年3月21日 22時21分