教えて掲示板の質問

「過剰な自己愛を消したい」に関する質問

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なおきさん

初めまして。24歳男、IT系中小企業のプログラマで、もうじき3年目になります。

タイトル通り、私の性格について相談します。

私はこれまで生きてきて一度として、誰かのためにあろうとしたことがありません。
他人を思いやるのは自分のために。他人を助けるのも自分のために。
常に他人に過剰な賞賛を求め、そのくせ他人のことには一切興味が湧かない。
また、現実の自分を無視した理想像に固執していて、それが傷付けられると強い反発を覚える。
怒られること、責められることを恐れるあまり、身動きが取れないこともある。
失敗しても反省できず、自分は悪くないという考えばかりが殺到する。
一応は普通の生活が送れているので人格障害とまではいかないでしょうが、
未熟なままの自己愛を抱えていることは間違いないと思っています。

それを自覚したのはごく最近の話で、気付いたときには大泣きしました。
自分が立派だとは思っていなかったけれど、こんなにも醜いはずはなかったのにと。

今までは気付いてこそいませんでしたが、
そんな自分を表に出さないよう、私は無意識のうちに、防衛策をとっていました。
「こうしたい」という自己愛の自分を抑制する「こうあるべき」というもう一つの自分を持ち、
なんとか周囲に付いていこうとしていました。
「こうしたい」「こうあるべき」の二面性は誰しもそれなりに持っているとは思いますが、
私の場合は、「こうしたい」があまりに幼稚すぎ、
そして「こうあるべき」が徹底した完璧主義だったために、酷い摩擦がありました。
自分の中で、二つの自分が常に互いを否定しあっているのです。
ずっと辛かった。気付く前から、気付いてからはなおさら、苦しくて仕方がありません。

人からずっと真面目だと言われ続け、自分はそういうものなんだと自分でも思っていましたが、
それは自分の理想像が傷付けられないように、「こうあるべき」に従ってきた結果でした。
辛くても、まだ余裕があった頃は、なんとかやってこれました。
しかし最近、仕事で上手くいかないことが多く、その余裕もなくなってきました。

周囲からの評価はやはり「真面目」だそうで、年次の割に私は責任の重い仕事を任されます。
年上の作業員に指示を出して、半年ほど、一つのチームを動かしてきました。
でも実物の私は、そんなことができる人間ではないのです。
優秀でないどころか、人並みの仕事だってできるか怪しいところです。
だから失敗ばかり。怒られてばかり。周りには迷惑ばかり掛けて。
その上、反省できません。「そうすべき」だと心底思っているのに、そういう感情が湧かないのです。
これでは、いつまで経っても今のままです。

よく、性格についての質問に対して、「そのままの自分でいい」という回答を目にします。
自分を受け入れて、その上で打開策を見つけようというスタンスでしょう。
しかし私にとって、それはとんでもない暴論です。
「こうしたい」自分を受け入れて、その望みを叶えれば、行く先は引き籠もり、社会不適合者です。
誰とも関わりたくない。外へ出れば、未熟な自分は絶対否定されるのだから、ずっと一人がいい。
そんな生き方が幸福でないことは、誰にだって理解できるでしょう。
私も、そんな生き方は不幸になると理解しています。しかし、そうありたいという願いが消えません。
それに、自己愛性人格障害というものは、周囲の人間からすれば犯罪者と大差ないようです。
自己愛について調べる過程で色々な意見を見てきましたが、それは酷い物でした。
もしかしたら、私も過去誰かに、あんな風に嫌悪されていたのかも知れません。
嫌悪とまでいかなくても、誰にも好かれてはいなかったでしょう。
実際、私の交友関係など、片手で数え足りる程度のものしか残っていません。
こんな状態を「そのままでいい」なんて、言えるはずがありません。

私は、「こうしたい」という未熟な自己愛を抱えた自分を、なんとか正そうとしてきました。
そうしなくては、いつか何もかもが耐えられなくなるような気がしてならないのです。
改善の方法を、自分で考えました。様々な人の意見を調べました。カウンセリングを受けました。
しかし未だ、その糸口さえ見えてきません。
本当に、自分のその一部分だけ綺麗に消してしまえたら、どれほど楽かと思います。

私は、どうしたらいいのでしょう。
どうしたら楽になれるのでしょう。

お願いします。どうか知恵をお貸し下さい。

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2014年1月14日 01時56分

教えて掲示板の回答

カウンセリングルーム エンサイコ

なおきさん、こんにちは!

エンサイコの佐藤です。

大変良く心理学的に自己分析をしている様に思えました。

今日のなおきさんの性格なり人格を培ってきたのは、勿論育った環境に依る

ことは間違いのない事であると思います。今のなおきさんの相談内容から判断

しますと、ご自分の一部の性格ー未熟な自己愛ーが、自分の成長を妨げていると

そして何とか改善をしたいということですね。 焦ってしまってはいけないですね。

まだ社会に出て3年程じゃないですか。実社会での成長は、まだまだ道のりは

長いのです。なおきさんを見る目が周りの人たちは“まじめで仕事ができる”との

判断らしいですが、それ程社会やまして利潤を追求する会社組織は甘くはない

ですよ。常に本当に力量が有るのかどうか試すとともに、訓練をして育てている

のです。チャンスを与えられていると判断すべきです。そこの認識が甘いから

失敗をして叱られるのです。まだまだこれから先自己を磨き続ける状態が継続

すると捉えて、謙虚に自分の性格もフレキシブルに変えてゆく努力を続ければ

良いだけなのです。自分で勝手に精神的ラベルをああでもない、こうでもないと

べたべたと貼りつけない事です。自己分析してすでに自分の弱い欠点を認識

しているのですから、あせらず沈着に自己の突出して強く出ている性格を、例えば

自己主張を今まで10出していた物を7位に落として、相手の考えも受け入れれば

良いじゃないですか?たったそれだけで大きく結果が異なってきます。欠点と考え

ている性格も貴方が判断しているのです。他人から見たら長所に見える事だって

大いに有り得るのです。下手にラベルばかり貼りつけて固着しないで、少しずつ

忍耐強く前へ進む事です。信頼の置けるカウンセラーと、とことん話し合えば良い

のです。すっきりするまで心の内を吐露すれば良いと思います。

頑張ってください。

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2014年1月23日 11時07分


郷家あかりカウンセリングルーム

なおきさん、はじめまして。郷家あかりと申します。

怜悧で冷静、また純粋で繊細にご自身を見ていらっしゃることを感心すると同時に、これだけの矛盾を心に抱えていたら、さぞかし辛いだろうと思いました。

これまでに、この生きづらさの原因を、過去(幼少期)に探ってみたことはありますか? カウンセリングではどうだったでしょうか…。

私には、なおきさんがおっしゃっている「自己愛」の問題の解決の糸口は、まずは子どもの頃の御両親との関係、幼い頃に御両親から受け取った(あるいは受け取れなかった)ものを知ることと、それが現在にどう影響しているのか(それは思いの外 大きいという事)を知ることにある、と思われました。

その刷り込まれている不要なものを手放したり、思い残しを味わい嘆いたり、また、大人のなおきさんが、幼いなおきさん(今も心の中で「本当は言いたかったことがたくさんある」、そして「傷ついている」なおきさんです)の言い分を理解し、晴らし、育て直す…ということをするセラピー……、ちょっと意味不明で冗談ではない、とお思いになるかもしれませんが、いわゆる「インナーチャイルド・セラピー」(呼び名はともかく…)をやってみる価値はあるのではないか、と思いました。

「のびのびと自分の好きなようにする」、「何ができなかろうが失敗しようが、自分の意思、自分の判断で人生を生きる」……そういう経験を小さい頃から当たり前にやれていたら、おそらく今の苦しみは随分小さかったのではないでしょうか…。
また、怒られることや責められること、失敗を反省できない、とおっしゃるのも、子どもの頃に、思い当たることはきっとあると思います。

なおきさんの「こうしたい」と「こうあるべき」の葛藤は、インナーチャイルドとインナーペアレンツの対立ともいえると思います。
「まさか、もう成人したというのに、何を今さら…」と思われるでしょうか…。
インナーチャイルドなどと言われて受け入れられなければ、潜在意識vs顕在意識(9対1、とも言われますね、潜在意識は強大です)と考えることはできるでしょうか…。

なおきさんの苦悩は、1人で戦おうとしている「9」が強いからかもしれませんが、でも、なおきさんには、変化を促すSOSのサインもまた、ご自身の中からしっかり届いていているように感じます。

楽になるためには、ご自分の持っている(知らぬうちに持たされてしまった)不要な荷物、ご自分を縛っているものを捨てて軽くなることですが、途方もないことに感じるかもしれません。

でも、それを目指すセラピーはたくさんあり、実際に成果を上げて楽になっている人はたくさんいます。
ご自分に合うもの、ご自分が信頼できるセラピスト、カウンセラーを探し、サポートしてもらいながら、取り組んでみるとよいのではないかと思います。

まだまだ人生の時刻は"午前中"ですよね。
人と関わり、ご自分らしく生きていく、ということを決して諦めず、新しく生き直せることを信じて、取り組んでみていただきたいです。

「これまで生きてきて一度として、誰かのためにあろうとしたことがありません」と書いてらっしゃいますが、
それは、真にご自分のために生きる、ということを叶えたときには、自然に出来ているのではないかと思います。



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2014年1月22日 21時33分


サイコセラピスト 羽鳥美香

ご自分のいろいろな側面に気づかれて、どのように対処していいか悩んでおられるようですね。大変鋭い観察眼をお持ちですよ。すべての人にこれだけはっきりとした洞察力があるとはかぎりません。
反対に見えてしまうことで苦しくなることもあります。しかし、これは悪いことではありません。人間誰しも完全に生まれてくるものはいませんから、これは人生という修行の場での浄化作用のようなものです。気づかなければ、変われませんから。逆に自分のよくない部分がわかると、時間はかかるかもしれませんが、それを変えることができます。
人間の性格とは、多くが習慣付けられたパターンです。環境、トラウマ、周りからのメッセージ、親から学んだパターンなどで条件付けられ、出来上がった行動・感情のパターンは無数にあります。そして、サイコセラピーでは、変化を可能にする方法がたくさんあります。
このような悩みを持っている人は決してあなただけではありません。現在の状況を自己成長の過程と考えてください。この状態を打開するためには、カウンセリング/サイコセラピーでの心理的ワークが大変有効です。あきらめずに試してみたらよいと思います。

羽鳥美香
サイコセラピスト(心理療法士-アメリカ、カリフォルニア州免許2005年取得)

~心を見つめ、心を知り、心を癒す~
ウェブサイト: unblockenergy.com
ブログ: http://ameblo.jp/unblockenergy/
eメール: hatori@unblockenergy.com
Tel: 050-3703-4055

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2014年1月22日 19時42分


心理カウンセリング らしんばん座

なおきさん、こんにちは。
カウンセリングルーム「らしんばん座」の、宮沢と申します。

ご自身に対する、冷静かつ詳細な分析。とても素晴らしいです。
ここまで自分に対して、冷静な見方が出来れば、問題も解決したも同然・・・
とはいかないところが、こころの問題の難しいところですね。

おっしゃる通り、人は誰でも、「こうしたい」「こうあるべき」の二面性を持っています。
「こうしたい」は、心の叫び・体の欲求です。
「こうあるべき」は、思考の声・知性の要求です。
「こうしたい」は本能に走り、「こうあるべき」は、ひたすら理想を求めます。

多くの場合、この2つが葛藤を起こした時、「こうしたい」が勝ちます。
それは、生きるための欲求なので、これが無いと、人は生きる事ができません。
もしくは、人が太古からの進化の過程で身につけてきた、生き残るための術を、無意識的に発動しているのです。
どんなに意思を強く持っても、食欲と睡魔に勝つ事が出来ないのが、良い例です。

しかし人は、社会の中で生きています。
いくら生きるためとはいっても、本能の要求するままに行動していては、他人との衝突は免れません。
そのために人は知性を働かせて、社会の秩序を保ってきました。
「こうしたい」が無いと、生きていけない。「こうあるべき」が無いと、人間とは認められない・・・
つまり、このどちらか一方だけが必要で、もう一方が不要なわけではありません。両方が必要です。

なおきさんの場合、この「こうありたい」が、自己愛を抱えた自分だとお考えなのでしょうか。
怒られる事を恐れたり、反省が出来ないという事は、「怒られる自分」「失敗する自分」を認める事が出来ていないのだと思います。
つなり、抱えている自己愛が、「こうありたい」なおきさんではなくて、怒られても良い・失敗しても良いと思う事が出来るのが、「こうありたい」なおきさんです。
自己愛は、それを認める代わりに、なおきさんが自分を守ろうとしている心の働きです。
つまり「そのままの自分でいい」というのは、怒られても良い・失敗しても良いと思う事が出来るということで、自己愛を抱えたままでいいという事ではありません。

「こうしたい」自分と、「こうあるべき」自分の両方が、なおきさんの中にいる事。
その両方が、必要だという事。
その両方が必要だという事を認めたまま、バランスをうまくとって生きて行くことが、なおきさんが楽に生きて行くための方法だと思います。

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2014年1月22日 18時55分


カウンセリングルーム・エンパシー

自尊心と自己愛は明らかに違います。大人になっても自己愛が強いままだと、自己評価ができないため、他者から評価されたがり、 人目を過剰に気にして自分をつくろったり、背伸びしすぎたり、 逆に卑下したりしてしまうことが起こります。自己を受容し、肯定する力が弱いため、他者からの受容と肯定されることを過剰に求めてしまいます。つまり、幼児性が抜けきらない状態です。だから、あなたも自覚しているとおり、常に人からチヤホヤされたり、 賞賛されることを望んでしまうのです。そして、それが叶わないと自己が不安定となり、相手に不快感をぶつけたり、いじけたり、拗ねた気持ちを持ってしまいます。自尊心が低いと、自分で自分の人生を切り開いていく力が弱くなってしまいます。 自己への責任から逃れようと、自己防衛が強く働くので、本当の意味で自分を大切にしたり、自分の力で幸せを掴んだりできなくなり、 人から大切に扱われることばかりを望んでしまいます。 自分に自信がないため、人からの評価が気になって仕方がないのです。 否定批判に弱く、他者からの指摘を極度に嫌う傾向もあります。 自己愛が大きいままだと、 自分に自信が持てず、不安感や孤独感か強く、自責の念や、自己嫌悪、罪悪感、劣等感、などの形で自己への攻撃や、イライラしたり、 他者に責任転嫁したり、八つ当たりなど、他者への攻撃が発生する場合もあります。 自己愛の自覚があるのなら、大人として、努めて大きすぎる自己愛を克服することです。くだらないプライドは捨てるべきです。くだらないプライドが、常に自分を人と比較して、勝っていれば優越感に浸って相手を見下したり軽蔑したり、劣っていれば落ち込んで引きこもる、というのは良くないことです。自尊心が高い人は、自己評価できるので、自信と安定感があります。あなたの自己愛の強さを、自尊心を高める方に変えるには、過去の決断を再体験し、今から未来に掛けての生き方を再決断することが望ましいと思います。回答フォローをお望みであれば、遠慮なくご連絡ください。

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2014年1月22日 17時03分


ことゆめ心理カウンセリング

なんてハイレベルなご相談内容だと感心すらしてしまいました。
深く考え抜いていらっしゃいますね。

自己愛そのものは責めるべきものではないと思います。

世の多くの人達が本当に他者のために生きているでしょうか?

私はそれは疑わしいと思っています。

そう言わなければならない風潮は昨今強くありますね。
それは私も感じていました。
でもそれも、結局は誰かの都合で言われています。

そして、そのことよりも、お互いに迷惑が掛からないことのほうが重要ではないでしょうか。

いくら他者愛が強くても、迷惑ばかりかけている人と
自己愛が強くても人に迷惑をかけない人、どちらが世の中から受け入れられるでしょうか。

大事なのは自由でいいはずの心を縛ることではなく、
周囲との調和を取れることではないでしょうか。

あなたにはそれが出来ている

その証拠にその若さで重要な仕事を任されているのです。

あなたはご自分をそれだけの器ではないと仰いますが、それでも他の方達よりも出来ているのです。
だから仕事を任せられるのです。
仕事が集中する人ならその仕事が上手くいかないことも増えるのは当たり前です。
仕事をしない人は失敗もしません。
そもそも仕事をしていないのですから。

あなたはご自分に厳し過ぎる方だと思います。
でも、だからこそ優秀なのです。

他者の自己愛を厳しく責める人が自己愛でないと思いますか?

人に真心あふれる方は個人差にも寛容です。

人の欠点を探して責めるような方の意見に振り回されることはありません。

自己愛もとことん突き詰めれば他者愛に通じるのですよ。


   ことゆめ

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2014年1月22日 16時57分


初めまして、内容を拝見致しました。

過剰な自己愛を何とかしたい、自己愛が強いと気付き、カウンセリングを受けたり、掲示板に書き込むことは変われる一つの証拠だと思います。

これまでの仕事では、体力、気力で何とかやり過ごすことが出来ていたのでしょうね。

それも限界で、それを感じるきっかけになったのは、最近仕事での失敗で周囲に迷惑をかけている、怒られる状況が原因ではないでしょうか?

全てを真面目に受け入れてしまっては、限界がきます。

自己愛が強いのは悪いことではありませんが、自己愛が強くて他人に暴言を吐いたり、感情的に威圧したりすることがなければ問題ないと私は思います。

周囲に迷惑をかけるのは自然なことで、そこで助けてくれたことに有り難さや感謝の気持ち、今度は助ける側になろうと思えれば、思う努力をすればいいですよね。

これも訓練です。

実は、怒られるのも失敗も「恥」が問題なのかもしれないです。

恥をかくことが何よりも嫌いということはありませんか?

出来る自分だけを認め、出来ない自分を誰よりも自分自身が嫌っている。

未熟の何が悪いのか、熟練は未熟という恥を何度もさらしながら一つ一つ出来ることから努力して熟練になっているとは思えませんか?

自分が正しいんだと思って反省できないこともあります。

育った環境で、ダメな自分を受け入れられなかった、もしくはダメな時に無視されたなどがあった可能性もあります。

もし、両親との関係で思い当たる節があるならば記憶を辿ってみてください。

過去にダメだった時に受け入れられなかった自分がいたのであれば、その当時両親に言えなかった本音を紙にでも書き出してみてください。

少しは、何かの糸口になるかもしれません。

実は、両親から「どんな自分でも受け入れられる」という感覚があれば、他人からの否定や評価は、はさほど気にならないものです。







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2014年1月22日 16時33分


心理カウンセリング Dear

なおきさん、はじめまして。
名古屋の心理カウンセリング Dear
カウンセラーのタナカと申します。

ご自身のことを、細かに正確に捉えようとされ、
向き合った勇気が素晴らしいと思います。

そのままの自分で良い、というのは、
いつでもどこでも”そのままで良い”と受け取れば暴論ですね。

聞いたことがあるとは思いますが、「ペルソナ」という言葉があります。
仮面とか、役割性格のことを指します。

人は、いくつかのペルソナ、仮面を使って社会生活を営みます。
ありのままの自分を許してくれる人や、自分に対しては
”そのままの自分”で良いと思いますが、
会社では会社用の自分、友人とは友人用の自分、
お客さんとして訪問した先では お客さんとしてなど、多くの人は
自動的にスイッチが入って、振る舞いを変えていると思います。

丸ごと綺麗に消してしまうことは、
出来るとしても時間がかかり過ぎますので、
まずは、時間や空間で区切ってみてはいかがでしょうか。

「こうあるべき自分」でいなければいけない場所と時間はどこか、
そしてその場所と時間以外では、なるべく自分を解放してあげる。
続けていけばきっと、
「こうあるべき」場所と時間が減ってくると思います。

「こうあるべき」と「こうしたい」を、同時に両立するのではなく、
使い分けるのです。

カウンセリングを受けられたとのことですが、
きっと、なおきさんご自身が、自分に対してだけでも
自己愛を許して差し上げれば、余計な力が抜けて
良い方向に向かわれると思われた意図があったのではないかと思います。

なおきさんが少しでも楽になられれば幸甚です。

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2014年1月22日 16時08分


うつ病克服専門心理カウンセラー

うつ離婚カウンセラーの玉村です。
http://utsurikon.com/

自己愛があることは素晴らしいと思いますが、
それは嫌なのですね。

他人を家族だと思って思いやるのはどうでしょうか?

他人に話しかけ自分のことを知ってもらう。
また相手のことを知るように質問する。

他人といる時間を長くし、
お互いの話を共有する。

友人を作ろうと思う。

相手を尊重する。

人を助ける。

他人を重んじる。

自ら話しかける。

相手に対してできることはいくらでもあります。

まずは自己愛を持っていてもいいから、
他人と話すことです。

相手を家族や恋人と思えば気持ちも違ってくるのではないでしょうか?

あなたは何も悪くないですが、
相手を思いやってみましょう。

もし悩んでいるのなら私まで相談して下さい。

きっと今より一歩前進することでしょう。

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2014年1月22日 16時02分