教えて掲示板の質問

「母と上手くいきません」に関する質問

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あんづさん

 初めて投稿させていただきます。大学生の20歳です。
今は大分落ち着いた状況になってきたのですが、
1,2年前から母と喧嘩が絶えません。

原因は私の性格にもあります。
どう説明すればいいのか分からないので
幼少から書かせていただきます。

私は幼い頃から学習教室に通っていて
英語・数学・国語を習っていました。
母は私にかなり期待をしていました。
私の6歳時のなりたい夢は歌手でしたが
自分の無口さや引っ込み思案な性格を当時の自分なりに考えて
幼いながらに「それは馬鹿にされるだろう」と誰かに話すことはありませんでした。
親はいつだって
私が何かになりたいと言ったとき「この仕事の○○が大変なのよ」と
必死に言うのです。
子どもがよく抱く淡い(希望に満ちたような)夢で「花屋さんになりたい」と言ったときも
「子どもの夢だから(笑)」と普通は冗談交じりに応援するでしょうが
必死に否定してきました。
そういう生活で、気にし過ぎる私も臆病でしたが
私は自分のしたいことを親に伝えることをセーブするようになりました。
生半可にカンが良く、良くも悪くも慎重な性格だった私は
自分が何かを言ったときの親の反応を想定することに敏感でした。
そこで「何になりたい?」と親に聞かれると
「空気や風や壁になりたい」と言っていました。
今思えば、「鳥(=自由)になりたい」ということだったのでしょう。
何から?と思うでしょうが、学習塾です。
今ならあの感情が「学習塾を辞めたい」ということだったのだと分かるのですが
その時の私は何に苦しんでいるのかさえ理解していませんでした。

親の反応を気にし過ぎて、私は「放課後に友達の家に遊びに行く。友達とどこかに行く。」と言えなくなりました。
もともと出不精だったのですが、小学生になると学外でも遊ぶものです。
私も少し変な子だったのですが、
「誰と遊びに行くの?どこに行くの?」とそう聞かれるのを恐れました。
友達は普通の子です。
ただ、私は幼いころから親のことをどこかで恥ずかしいと思っていました。
特に母親です。
彼女は自分の子どものことになると感情的になります。
私に何かあるとすぐ誰かを怒鳴りつけます。
異常ではありません。それぐらいの程度です。
傍から見たら思っていることをビシビシ言う人だと、母は思われているはずです。
ただ私は母のような人が受け入れられませんでした。
しかも、私は泣き虫で
私が何かちょっとしたことで泣くだけで何か事態がややこしくなってしまうのではないかと思ったのかもしれません。
また、友達の家に遊びに行くなら
親がその家に電話をかけたりするのは普通でしょうが
私は私の母が恥ずかしく
そういうことは絶対させたくありませんでした。
昔からプライドの高い私は
陰で、特に私の入り込めない大人たちの間で自分のことが話されるのは
被害妄想の多い私にとって傷つくことでしたし
わざわざ「私をよろしく」と電話されることは
たった10歳であったのに屈辱的に感じました。

今まで想像したことはありませんでしたが
それが父であれば…許せたのかもしれません。
父は自分に甘く、金銭トラブルで一家を破産させ
喧嘩ばかりだった両親は私が小学生の頃に離婚しました。
今でも父に定期的に会う約束です。
私は母についていきましたが
それは幼い頃から話相手だった妹がついて行ったからです。
後悔はしていません。

父は私たちにとっては良い父親でした。
母がアグレッシブなら、父は安心できる場所だったのかも、と思います。
私は基本的に自分で自分を律してしまう所があるのですが
自分にも他人にも甘い父の言葉が私を懐柔させていたように思います。
母はいつも学業に関して私の尻を叩くような言葉ばかりでした。
学業以外の私はあまり眼中にないようでした。
私に興味が無いのでなく、私が興味のあることに価値を見いだせないようでした。

離婚してから、勉強の嫌いな自分に気づきました。
しかし、ウチは貧乏。良いところに就職したいなら大学まで行かないといけません。
高校の志望校一つとっても
自分の思い通りにならないと感情的になる母に鬱憤が溜まるばかりでした。
学区で一番の進学校に行けないと分かったときは
「情けない」と延々と言われ、泣かれました。
私は自分の能力・希望・将来を考えて学区で二番目の進学校を希望したのですが
それすら受かるまで不服そうでした。
それぐらいの頃でしょうか、なぜ母のことを気にしているのか疑問に思い始めました。
私は昔からアニメが好きだったのですが
離婚時(小学生の時)、機嫌の悪かった母は私と妹がアニメを観ていると
「気持ち悪い」と言いました。
もちろん内容のことです。私が主に観ていたのですが
内容が少年バトルもので流血ものが多かったからです。
普通の家庭なら私が敏感に反応することも無かったかもしれませんが
私はそれからアニメを一切見ないようにし
クラスの会話についていけないこともありました。
妹がアニメをつけると
母が嫌がるのではないかという不安からつい怒鳴りつけてしまうこともありました。

15歳くらいから生活の理想というものが出てきました。
携帯というのは便利なものでそれでアニメを再び観始めました。
お小遣いをもらえるようになり、漫画も読み始めました。
いつか徹夜で遊ぶようなそんなキラキラした青春を送りたい
バイトをしてみたい
母を気にしない生活が送りたい
他の習い事をしたい
演技の勉強をしてみたい
就職に役立つ通信講座を受けたい

わがままな性格は元からもありましたし
気に入らないことがあると
母の大切なぬいぐるみを隠し、ペンで汚したり
洗濯機の裏にわざと洗剤をばらまいたり
妹の部屋の物をすべて文字通りひっくり返したりするような部分が、私にはありました。
今思えば少し病んでるような部分もあったと思います。
この理想と私の性格が 今の母との問題を複雑にしていきます。

やりたいことは全て大学まで持っていきました。
受験は本当に大変でしたし。
高校の3年間、過保護な母にわざわざどこにいる、何してると聞かれるのは本当に苦痛でした。
どこからそう思うようになったのか、それとも幼少のころから思っていたのか分かりませんが
私は私の情報を母に一切話したくありませんでした。今でもそうです。
それは「今どこにいるのか」「何時に帰るのか」も含めてです。
この年齢はよくそうなのかもしれませんが。
私は大学に入ってからそのような行動を異常なまでに拒否しました。
まるで幼少の頃と同じ束縛されているように感じるからです。
年頃の娘ですので、夜に帰るとき親が心配するのは頭では分かります。
それでも嫌なのです。一人暮らしをしている知り合いたちは、深夜まで飲んだりしているというのに
どうして私はそんなことをいちいち知らせなければならないのか。

彼女が私の行動を把握していることが気持ち悪くてなりません。

そういう捉え方しかできなくなってしまった自分にも問題があると分かっています。

一年間かけて衝突した結果、どうやら私の状況が母にも分かったようで

最近は何も言わなくなりました。

しかし
それでもバイト終わりにだべっていると
着信が何回もあり細かなところまで聞いてきます。
いちいち相手にしませんが、やはりいつもと違うことが起こるとヒステリックのようになります。
それが「普通」であるとは思いますが
私はそれだけで激怒してしまいます。
前述したような病的というか気に入らないことに対して特に身内にセーブが聞かず
私は物に当たってしまいます。
それが母の精神には悪いようで
また彼女がパニックに近くなります。
また、私も母も毒舌で
私は他人の気持ちを慮る態度が薄く、言葉で母に暴力をふるってしまいます。
7割くらいは無自覚です。
悪癖であることは幼少時から相手の反応を見て知っていたので、
身内以外では人見知り+相手を傷つけないかという想いもあって
少し無口でやってます。
母は
私が怒ると物にあたったりしてしまう度に「情けない」とか「人間性を疑う」とか「やっていることが小学生と変わらない。どうしてそういうことをするのか。異常だ。」と言います。
私が「そういう言い草に傷つく」と言うと
「事実でしょう」と言われます。
分かっていますが、彼女に色々と報告することは私にとって我慢ならないことですし
「こうまでしないと彼女に私が怒っていることが伝わらない」と無意識に思ってきた部分もある
と思うのです。
今となってはセーブするのが難しいです。

それでも
彼女の協力のおかげで今はかなり母を気にせずに外に出ています。
ただ、潔癖なまでに母の介入を拒む私と
色々あったけれど恐らく馬もあっていないことも原因の母について
ご意見を何でもいいので伺いたいです。

「馬があっていない」というのは
父や友人たちの両親のような威圧的でない尋ね方だったらいちいち気にしないのだろうな
と思うからです。

あと
私は自分のことを目上の人に話すときに泣いてしまいます。
学生の頃は進路相談がそうでした。
先生と母という威圧的な両者から追い詰められている感じや
私のことを見ている感動という感覚からでした。
普段の母は私の成績に満足することなく、
私が褒めてほしいことで褒めてくれることなどありませんでした。
そんな母が成績でなく私の考えていることに注意を払うことは普段なく、
興味が無いのではなく彼女の子育てはそれで完璧だったのでしょう。

ただ今は身内に自分の想いを伝えているだけで涙が勝手に出てきます。
止めようと思っても止まりません。
別に何か感情があるわけでもないです。

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2013年9月12日 03時24分

教えて掲示板の回答

療匠庵 りょうしょうあん

療匠庵の外山と申します。
両親の離婚、お母様と馬が合わないことによる日々の喧嘩。
小さいながら、親の反応を敏感に想定して、自由に生きたい自分を抑えて生きてこられた。
今も、大分落ち着いたとはいえ、喧嘩が絶えない。
ストレスでいっぱいの毎日を送っていらっしゃることと思います。

シングルマザーのあなたのお母様は、おそらく、ご自分の愛のコップが満たされていないのです。
満たされていないコップをあなたによって埋めようとしている、という状態。
幸せ・・・ご自分がまず幸せに生きればいいのですが・・・。
あなたに過度に期待をし、もっともっとと。(学区で二番目でも、私はすごいと思いますよ。あなたの環境で・・・)
お父様が破産をされ、父親と母親の両方の責任を過度に背負っていると考えると無理からぬこととも思えます。
結論からいうと、時を待つということでしょうか。
今はお互い、近すぎる距離で生活しています。
そして、悪いところばかりが目につき、感情的になる点はお互い似てらして・・・。
気休めを言うつもりはありませんが、あなたが、精神的にも経済的にも、親から独立した時にある程度解決するかと、思われます。
ただ、こんどは、いつ結婚するのか、子供はということになるかもしれませんが・・・。
今は、自立する新たな自分への産みの苦しみと俯瞰し、前に進むための喧嘩を大いになっさたらどうでしょうか?
人生にむだなことはありません。
向き合おうとすれば、争いも避けられない時もあるでしょう。
今は辛くても、真摯に今を生きれば、そのことはきっと、後のあなたの肥やしとなって、あなたを大きく成長させることでしょう。

今はお互い「我」を張って、本当のことが言えなくても、後にあの時はこだったと、冷静に話せるときがきっと来ると思うから、何かにあたるのは、物どまりにして下さいね。
あなたの自由の為に、ご健闘をお祈りします。

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2013年9月19日 14時17分


お礼コメント

的確なご回答ありがとうございます。
自分のやっていることに自信が持てました。

長文でしたのにありがとうございました。

2013年9月20日 10時49分

 はじめまして。『心のハマメリス』の阿部でございます。宜しくお願い致します。

 お話の内容から、貴女の幼少期からの、お辛い様子が伝わってまいりました。

 涙が出るのは、心が浄化されているということですし、貴女に自立心が芽生えてきたことで、今まで抑圧されてきた感情を言葉に出せるようになった訳ですから、喧嘩が絶えなくなったのでしょう。

 現在は、貴女の心の中に無意識にお母様に対する自立と依存の葛藤があるということなのでしょう。

 貴女は、何かトラブルがあると、「自分のせい」とか「自分が悪いんじゃないか」と考えてしまう癖があるようですね。でも、あなたのせいではなくて、お母様との関係が大きいと思われます。

 お母様は、お父様との不仲、お育ちになられた環境などにより、貴女への共依存関係で心のバランスを保ち、貴女との境界がない状態です。この独自のルールを刷り込まれたのでしょう。

 お母様の嗜癖を治すことは、非常に難しいと思われます。おそらく、喧嘩しても、絶対に折れないで、最終的には自分の思い通りに出来るような方向へ持って行かれるのではないでしょうか?

 お母様の場合は、過保護というよりも過干渉だと思われます。
 
 過保護は、子供がして欲しいことをやりすぎ、過干渉は子供がして欲しくないことをやりすぎることです。

 過干渉は、子供の、自立心や、自尊心の芽を摘んでしまいます。

 もしかしたら、貴女とお母様との関係は共依存と依存の関係から共依存どうしの関係に変化しつつあるのかもしれません。お母様が嫌なのに、なぜか離れられないご自分が居ませんか?

 共依存は、将来連鎖する可能性も大きいのです。

 今後についてですが、お母様に振り回されてしまう前に、距離を置かれることです。これからは、嫌なことには禁止令を出してください。

 そして、貴女なりの人生を再構築して行きましょう。

 これからは、お母様を、ひとりの人間として観ていかれることです。これは、お互いの為でもあるのです。

 そして、お父様との関係を大切にして下さいね。

 カウンセリングでは、認知行動療法、インナーチャイルドセラピーなどが、効果的だと思われす。

 社会不安障害への移行にもお気をつけ下さい。



 

 

 

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2013年9月16日 18時50分


お礼コメント

的確なご回答ありがとうございます。
ただ、私の母への見方はあくまで私からの目線なので
確かに過干渉であることは事実だけれど、他の家庭を見たときにどう違うのかなぁ
似たところはあるのではないか、と考える部分もあります。

しかし、確かに彼女のルールを基盤としていた部分はありますし
その癖を抜くようには1,2年ほど前からしています。

母の嗜癖を治すことは私も難しいと感じています。
母は今まで半世紀をそれで生きてきているので。
母も折れない方ですが、私も元が我儘なので折れない方です。
ただ彼女の方が一枚上手というか、私が単純でマイペースだから彼女のペースでもいいや、と思ってしまうところもたまにあります。
また、私が強行すると彼女が五月蠅いです。

あと、お金が無くて一人暮らしはできないのです。
母の所得を見ても到底できる額ではありませんし
就活にかかる費用を考えたり、就職できたとして新しい土地に行くことや
妹の進学を考えると卒業までとっておきたいのです。
私もバイトはしていますが
今までできなかったことをサークルや習い事としてやっていて
その費用に使ってしまっています。

禁止令は出しています。
最初の質問にループしてしまいますが
彼女を黙らせようと思うなら、物に当たるか怒鳴るかという派手なパフォーマンスでないと
彼女は食い下がり続けるのです。
そのおかげで今では大分干渉するという行動は控えてくれていますが
心情的には分かっていない部分が多いから
何か私が新しいことをすると、私が今までと同じことを繰り返し話したり怒ったりしないとダメな状況です。

彼女を一人の人間としてみて接すると
(私はあまり他人に興味が無いので)「冷たい」と言われます。
娘として母にどこまで関わるべきなのか線引きが難しいです。(他人というわけにもいかないし)
母は妹ともよく喧嘩をします。
妹は父の所へ家出しました。
別に良いのですが、父は借金を私たち3人に押し付けて逃げようとして
それが発覚して母は離婚しました。
そのことを深く恨んでいる&ショックだった母は妹が父のところに行ったことが感情的に割り切れないようで
私に愚痴ばかり言います。
ある日、妹が冬服の制服を取りに来たのですが
母はいませんでした。
次の日、母は妹のために用意しておこうと思って
その冬服を探しました。
私は、妹が勝手に来て勝手に帰ったことを知るとまた怒り出して愚痴を言い続けるだろう、関わりたくない、と思い
黙っていました。
結局、妹がとっていったことが分かって
母は私に「嘲笑っていたのか」などと言ってヒステリックを起こしました。
私は別にそういうわけでもなかったのですが、
こういう所が「冷たい」らしいです。
どうなのでしょうか。

社会不安障害についてですが、
高校生の頃がそうでした。
今でも少しあります。
高校生の頃は勉強も忙しく、生活リズム的にも厳しいものがあり
よりナイーブになっていました。
人前では汗が止まらないし
教室の前で少し話すだけでもお腹が馬鹿みたいに痛くなり
年中お腹のガスに悩まされました。
今は時間的にゆとりのある生活ですし
目立ちたがりな自分の側面を引き出すようにしています。
SADと恥ずかしがり屋の境界は曖昧だといいますよね。
曖昧なら徐々にマシにしていくこともできると思うのです。
今までもそうやって色々自分を変えてきました。
インナーチャイルドについて調べてみましたが
私は中学生の頃には自分でインナーアダルトをつくっていたと思います。
自分で考えて、精神的にそれが必要だと思ったからです。
でも、私の中のインナーチャイルドがアダルトでもなだめられないくらい
我儘というか思い通りにならないと気が済まない所もあって困る事もあります。
忙しくて気分が落ち込んでいる時期は
インナーアダルトがいても孤独を感じます。

正直なところ
今カウンセリングを受けるか悩んでいます。
母親がまた立ちはだかってきたらそうしようかと思っていますが
「まずはやりたいことを端から全部やる」とか
母親をなんとかしながら
未来について考えて、大学生になってから自分に今必要だと思うものを補っていけています。
ただ、彼女に私や彼女自身の状況を理解してもらうと早いのだろうなあ
とも思います。
しかし、彼女のために動くということは彼女のために時間を使うことであって
しかも簡単にすむ話でもないなら
余計な体力や精神力は使いたくありません。
私は精神が乱れるとすごく気分が落ち込みますし。

長文ですのに、読んでいただきありがとうございます。

2013年9月17日 14時38分

カウンセリングルーム・エンパシー

ご相談内容を拝読しました。理想の自分とは、「本当の自分」です。
あなたは、自立したがっています。あなたの心の声がそう訴えています。

私は、この文章から二点頭に浮かびました。それは「依存」と「インナーチャイルド」です。幼少期のお母さんとの関係や、お父さんの記憶を消そうとしたこと、これらが今のあなたの生き辛さに繋がっています。

あなたは「心の癒し」と自立が必要です。抑圧してきた本音を解き放ち、素の自分を出すようにしましょう。上記二点については、無料回答フォローとして詳しくご説明しますので、「mental@r-empathy.com」までご連絡ください。

先々、お母さんを恨みの対象にしないためにも、大事な局面だと思います。

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2013年9月15日 06時16分


郷家あかりカウンセリングルーム

あんづさん、初めまして。郷家あかりと申します。
お母様と喧嘩が絶えないとのこと、大学生になられ成人され、徐々に、生活する世界を広げ新しい体験を重ねるようになったことで、お母様の支配を逃れられるようになったのでしょう。

子どもとの共依存関係の必要な(子どもを支配することなくしては幸せでいられない)母親に人生を絡めとられ窒息しかけ、生きる気力を失っている…という人が、私のカウンセリングルームには、日々来られます。
あんづさんは、もちろん”問題がなく支障も出ていない状態”ではないでしょうし、強い感情の表現…という点で課題もあるとは思いますし、理解されない悲しみも伝わってきますが、それでも、よくこれまで元気でいられたなぁ、よかったなぁと、私は感じました。

お母様の価値観など、刷り込まれてしまっているもので、あんづさんがご自分の人生にとって不要だと思うものは、見直して手放していかれたらいいと思いますよ。
不自由に感じる「縛り」も、解いていけばいいと思います。
「目上の人」が苦手ということ、お身内にご自分の想いを伝えると涙が止まらない…ということがあることなど、よく見て手当てしてあげるところもありますね。

amazonなどで『母という病』、『私は私。母は母。』、『母が重くてたまらない』などの書籍を検索なさってみてください。ぴんときたものがあったら読んでみてください。
本当にたくさんの「母子問題」の本が出版されており、たくさんの人が「母」に苦しんでいることがわかり、参考になると思います。

回復し、自立が出来るまでには、さまざまな困難もあるかもしれませんが、諦めずに見つめ、好ましくないところや問題だと思う部分は変えていくこと、「お母様が幸せでいることに対してに責任を取ることはなく、ご自分の人生にのみ責任をもって、好きなように自由に幸せになっていいのだ」ということを理解して、実践していくことだと思います。
カウンセリングやセラピーを利用してみることもよいかもしれません。

真に安らかで楽しい、あんづさんらしい人生を創っていかれることをお祈りしています。

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2013年9月14日 01時59分


お礼コメント

ご回答ありがとうございます。
母娘関係の書籍は目にしたことはあるのですが
読んだことは無いので買ってみます。

不自由に感じてしまう感情はどうすればいいのか、と考えてしまいます。

ここ数年は「自分の人生」を考えてきているのですが
母と娘という関係においてどの辺りで線引きというかそういうのが少し分かりません。
私が自由に動こうとすると
母も母の姉妹も納得しません。
年の差もあってか母たちと私とで「重要」としていることも違います。
やりたいことは頑張って貫いていますが
私の自由が母の幸せに繋がらないと「薄情」だなどと騒がれるので
何をやっても私の心は穏やかではありません。
ですから
母にも自分を分かってもらって、ある程度の納得を得るように動いてしまいます。
何をどう考えるのか正解は分かりませんが
紹介されたような書籍を母に読んでもらうのも一つだと思っています。

長文ですのに、回答いただきありがとうございます。

2013年9月14日 14時31分

カウンセリングルーム心の窓

あんづさん

お母様との間に、いろいろあったのですね。お父様とお別れになってからというもの、その気持ちをすべてあなたの上にかぶせてしまったお母様のつらい姿が、私には見えます。また、お母様の気持ちも、充分に理解しつつも、今まで澱のようにたまった、生活の様々なこと、いなくなったお父様を実際以上に偶像に祭り上げてしまっているあなたの無意識の行動が、非常に悲しみに包まれて見えて仕方がありません。

まだまだ、あなたの心の奥底にたまって解決されずにあなたの怒りのようなものになってしまっているものが、ときどき津波のようにあなたの意識の世界を襲っている姿が、ありありと浮かびます。

どうぞ、カウンセリングルームを訪れて、心の内を吐き出してください。あなたのような人をルームは手を広げてお待ちしておりますし、温かく迎えてくれることと思います。

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2013年9月13日 15時48分


お礼コメント

ご回答ありがとうございます。

心の窓さんのおっしゃるように
解決されずにたまったものが多分あるのだと思います。
確かにあったのに、思い出せないことが沢山あります。

「悲しみ」とありますが
母が離婚した当時、彼女は父の話題を嫌がりました。
すごく不機嫌になるのです。
だから、私は父の話題をぽろっと口にしないため
父の記憶の約半分を消しました。
まだ幼かったというのもありますし
「『なりたい自分』を想像すればそれに近くなる」というような自己暗示が昔も今も上手いというのもありました。
不思議なことですが
ぽろっと口にしない程度には忘れることができたのです。
それくらいには環境の変化に悲しみも覚えていたと思います。

ただ、離婚当時父には会いたくなかったのです。
環境の変化がとても嫌いで
優しいけれど母とはまた性格の違う父と会うのは
鈍感でない私にとっては負担でした。
「逢いたくない」と伝えたのです。
ただ彼らも当時はパニックで、私の意見は聞いてくれず
私たちの存在を取り合っているように感じました。
意見を無視するということは結局私たちのことは見ていないのではないか
私たちの「存在」と居る自己満足にすぎないのではないか
と考えてからは、悲しみというより「怒り」でした。

でも、それも昔のことです。
必要があるなら吐き出したいと思います。
その怒りを感じてから
幼い私は抵抗はできなかったけど、私が私を満たすために必要なものを考えました。
そのときの結論がお金でした。
別に妄執しているわけではありませんが。
今でも私は過去をずるずる引きずりながらも、未来を見ています。
お金を得るのは簡単では無いと知ってから
「夢」についてや真面目に就職について考えました。

この前進思考と大切にしながら
カウンセリングについて考えてみようと思っています。

長文でしたのに、ありがとうございました。

2013年9月14日 15時04分

追加コメント

思い出せない心の奥底のことを、自分でしっかり思い出して理解し、自分で解決していくことを、カウンセラーはお手伝いできるはずです。

2013年9月14日 18時59分