教えて掲示板の質問

「自分が変われば他人も変わると聞きましたが。」に関する質問

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タカマサさん

昔から人付き合いの苦手な自分にコンプレックスがありました。

仕事で人付き合いをすれば、何か変わるんじゃないかと
接客のアルバイトをしたり、営業の仕事に就いて30歳になりました。

「自分が変われば人が変わる」という言葉を信じていました。

人間関係が苦手でストレス過食して拒食して無断欠勤で捜索されそうになれ、
それでも続けてきました・・・未だに多くの人が集まるような場は苦手ですが、
人にはだいぶ慣れてはきました。

徐々に雑談等が苦じゃななくなると人の反応は少し変わってきました。
自分は人に変わってもらうために、自分を変え続けてきました。

三枚目なキャラクターや人前でパフォーマンス的なこともしたりしました。
素の自分とは別の「受け入れてもらうための自分」を作るために
自分でも随分と無理を大分重ねてきたような気がします。
仕事では自分のそういう意図とは逆に評価され、語学や知識や
周りを巻き込むコミュニケーション力が必要な部署に配属されました。

忙しさに疲れ、今は心療内科で出してもらった薬を飲みながら働いています。

最近思うのは、自分を変える労力の割に随分前から、自分が目的としていた
「人に変わってもらうため」が追い付かなくなってきた。
自分の労力ほどに人が変わってくれないことに苛立ちと憎しみを抱えてきたことです。
「ずるくないか?」という感覚を他人に覚えるのです。

ずっと人付き合いが出来ない人間は欠陥品だという思いがあり、打破するために
人間関係の波に飛び込み、らしくないことも随分とやってきました。

馴れ馴れしくてフランクなキャラクターを演じて(自分の一面でもあると思いますが)
初対面で頑張って仲良くなっても、持続できず相手に切り捨てられたり、
女性に積極的なタイプでもないのに、無理して積極的にアプローチしてみても、
結果的に誘いやメールを無視されたり・・・その度に自分を削った意味を憂いました。

その内に憎しみばかりが積もりに積もって、人と接する場に赴かなくなりました。
最近は人と接する仕事を苦しみながら続けている意味すら見失って来ました。
苦しみばかりが先行して、その結果として何も得られないことを痛感したからです。

人を好きになるどころか、憎しみしか湧きやしない、孤独で心がボロボロ。
処方された薬が効いているおかげで仕事中は冷静さを保っているつもりですが、
私生活は孤独で憎しみと僻みと怒りで満ち溢れた元の性格がより酷いものになりました。

自分が変われば人も変わる、その言葉は嘘なんだと最近は思います。
やりたくないことも無理してやって、それでも報われないのはつらい。
身を削っても何も得られない、傷ついた分だけ人に優しくなれるも嘘です。
傷ついた分だけ他人を疑う癖と「信じたらまた傷つけられる」という猜疑心ばかりです。

何だかもう自分にも他人にも失望しました。
「自分を愛せ」と言われても「愛されない自分」を一体どう愛せばいいのか。
自分を評価して傷つける他人が怖くて仕方ない心に蓋をしながら努力したつもりでした。
でも、報われない・・・全てが虚しく思えます。

自分が変われば他人が変わるって何なんでしょうか・・・
相手が自分に合わせて幾らでも変わってくれる「強者」になれない自分は、
身を削って変わり続けるしかない「弱者」でしかいられないのでしょうか。

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2013年7月21日 18時57分

教えて掲示板の回答

カウンセリングルーム ルミエール

カウンセリングルーム ルミエールの岩附です。
ものすごい努力をしてきましたね。
そして、やり続けてきたということ。
それにしては大きな成果が出ないということ。
そうだと思います。あなたの、努力と根気強さがとても、評価できますが、変わるということ、ちょっと、見直してみた方がよいと思います。
おなたのやりかたでは、ご自分で今少し、気がついておられるように、無理がきますよね。
限界がきますよね。
本当の変わるということは、別の人を演じるのでわなく、本来の自分になることではないでしょうか?
私たちは子供の頃の教育や傷つき体験で、自分に成れてなかったり、自分を前面に出せなかったりします。
自分が本当は何を求めていて、何ができるのか探し、段々に自分に自信をつけ、色々縛られているものから、自分を解放し、あるがままの自分になることです。

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2013年7月28日 07時49分


ELDhypnotherapy カウンセリングルーム 尾玉と申します。

文章を読ませていただきました。

あなたが、どこから「自分が変われば人が変わる」を聞かれ、どのようにその言葉を感受されたのかはわかりませんが、「自分が変われば人が変わる」という言葉に、相当人生を振り回されてしましましたね。

あなたは、色々なキャラクターに挑戦されたのですね。

みんなに好かれようと、みんなの仲間に入れるようになろうと、あなたが頑張ったことが文章から読み取ることができます。

ただ、あなたは全く、自分を変えることはできていないですよ。

あなたがしてきたことは、簡単に例えるなら「ルパン三世」です。

顔も変装し、服装も変装し、そのキャラクターになりきるために声のトーンや口調も変装し、表情や仕草も変装し、思考パターンなども変装しようとされたことでしょう。

その、キャラクターになることに関してのあなたの努力は大変だったと思います。

大変な思いをしながら、あなたがキャラクター設定してる・思考・行動によって、あなたはそれなりに評価され・認知されたことは、文章から理解できます。

それは、あなたが誇っていいことですし、立派がな努力であるといえます。

でも、どれだけ変装に長けていても、やっぱり中身は「ルパン三世」は「ルパン三世」なのです。

簡単に言いますと、あなたの思考・意識の大部分に変更は全くなく、そのままであるので、あなた自身は変わっていないんですよ。

だから、何も考えていなく、日常を平和そうにして、日々幸せそうにしている人々を見ると、「自分はこれほど、人に好かれようと、人の和に入ろうと努力しているのに」
他の人々は何の努力もせずに「ずるい」と感じてしまうんですね。

あなたの努力を理解すると、あなたが「ずるい」と感じるのは仕方のないことだと思います。

でも、今までのあなたが、全く無駄な努力をしてきたわけでは、絶対にありません。

そのキャラクター設定を何度も変更してきた、器用さ、臨機応変さ、そのことによって上席に認められたことは全てあなたの努力の成果です。

あなたは確実に、世間の世渡り上手にはなれたのではないでしょうか。
それは他人に簡単にできることではないし、あなただけの特技です。

あなたが勘違いされている点は、他人は他人のことを、それほど関心も持たないし、他人を注目してみたり、他人の話を注目して聞いたり、しない者であるという事実です。

他人は、自分の思うようには考えてくれないし、思ってもくれないし、行動もしてくれない、他人は他人の思ったこと・考えたことを中心に行動するものだという事実を、知っておられたでしょうが、あなたは努力で補おうとされていたのでしょう。

あなたは、その事実を勘違いされたまま、全力で他人にぶつかっていったのですから、あなたの心の疲労感・身体の疲労感が限界を超えても仕方がないことでしょう。

すこしの間、過度に無理をして頑張られることから、手を抜かれることを提案します。

あなたは「愛されない自分を一体どう愛せばいいのか。」と書かれています。
これは、あなた自身が、あなたを愛していないと読み取ることができます。

どんな自分でも、まず自分を愛することが重要です。
あなたが、自分自身を許し、労り、大事にし、愛することで、あなたは愛を持つことができるでしょう。

「愛とは求めるものではなく、与えるものである」という言葉もあります。

あなたが、自分を愛することができれば、他人に自分の愛を与えることができるようになるのではないでしょうか。

愛とは無償です。ですから相手には無償の愛を与えることになります。
ですから見返りを求めてはいけないということになるでしょう。
あなたからすれば、報われないと感じるかもしれませんね。

でも、他人に本当の愛を渡せたことは、あなたが自分の中に愛を持っている証であり、他人に愛を与えることができることは、あなたの自分の中の愛が溢れだすほどにある証になるのではないでしょうか。

他人を愛そうとする前に、自分自身の努力と頑張りを褒めて、自分を愛してあげましょう。そして自分へのご褒美として、努力・頑張りも少し手を抜くことを提案します。

柔よく剛を制すという諺もあります。
ダイヤモンドを切ることができるのは、水と光です。
水と光は元々柔らかいイメージのものですよね。

人間に完璧な人間など存在しません。
人間は必ず失敗するものです。
自・他共に、その失敗を柔らかく微笑むことができれば、あなたは本物の強者ではないでしょうか。

失礼します。

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2013年7月25日 10時33分


総合セラピールーム:ヒーリング・スウィート

>「自分が変われば人が変わる」

というのは、人を変えることはできないから、変わってもらうきっかけとして

「自分の生き方やコミュニケーションの仕方を変える」

ということで、

別人を演じることではないのです。

演じるということは別人に成りすましてその場をしのぐことです。

その場しのぎの演技は、ご自分が変わったわけではないのです。

無理をして傷をつくのは、本当の自分がそこにいないからでは?

と思います。


作為的なことは、すぐに気づかれますよね。

例えば、あなたが人を見て「あ、演じてる(嘘をついている)な」

と感じることがあると思います。

客観的に見れば、作為的に演じることは大概ばれています。

そんな対応を相手からされたらどう感じますか?

まともに相手をしたくはありませんよね。


>「人に変わってもらうため」

ということは、極論すれば

「自分に都合のいい人になってもらいたい」

ということです。

相手の方からそんな態度が伝わってきたらどう思いますか?

いいなりにはなりたくないですよね。

その積み重ねで

>自分の労力ほどに人が変わってくれないことに苛立ちと憎しみを抱えてきたことです。

というお気持ちになる事は、根本的におかしいことではないですか?

>相手が自分に合わせて幾らでも変わってくれる「強者」になれない自分は、身を削って変わり続けるしかない「弱者」でしかいられないのでしょうか。

人間関係において、強者も弱者も実は関係ありません。

コミュニケーションにおいて基本となるのは、

相手の話を聞いて、その相手の傾向や望ことは何か?

をつかみ、共感することです。

相手が

「この人は分かってくれているな」

と感じれば、あなたの話も聞いてくれます。

逆の立場に立ってイメージしてください。

自分の話をきちんと聞いて、理解し共感して貰えたら嬉しいと思いませんか?

コミュニケーションの仕方一つだけでも

あなたが本当に変われば、あなたを見る周りの目が変わります。

あなたに対する態度も変わるという事です。

無理をして演じる必要はないのですよ。

お互いに分かり合うことが何より大切です。

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2013年7月24日 22時26分


心理相談室サウダージ

「自分が変われば他人も変わる」というのは、私の考えでは、自分自身に何らかの変化が起きれば、それによって他人への対応も変化するので、他人からの対応も変わってくるということです。

 自分と他人との力関係、強弱の問題ではないと思います。また、自分が変わることで他人も変えてやろうと思うということではなく、あくまでも変えられるのは自分自身だけであって、変わるのは自分と他者との関係性に過ぎないということだと、私は考えています。

 「過去と他人は変えられない。自分と未来は変えられる。」という言葉も、メンタルな問題の回復の場ではよく耳にしますね。

 回復の場でよく使われる「平安の祈り」というのもあります。

      「神様、私にお与えください。
       自分に変えられないものを受け入れる落ち着きを。
       変えられるものは変えていく勇気を。
       そして、ふたつのものを見分ける賢さを。      」


 
  さて、具体的にどういう他者との人間関係に悩んでいらっしゃるかはわかりませんが、少なくとも人間関係の持ち方には悩んでいらっしゃるようですね。たぶん、ご自分の対人緊張をやわらげるという変化によって、人間関係の変化もよい方向に
もっていけるのではないかと思います。

 現在、うちの相談室では、「不登校・ひきこもり・ニート・対人緊張 当事者のグループ・カウンセリング」を行っています。まだウェブサイトの情報の修正はできていないのですが、来週から対人緊張当事者にも参加していただけるようにしました。毎週火曜夜7時から。(※8月3、4週、9月1週は、8/24、8/31、9/7の土曜開催。9/10の火曜は休止)1,3、5週は男女混合グループ、2,4週は男性限定グループです。
料金は2500円です。こちらに参加してもらってお話を聞かせていただければ、変化や回復のためのアドバイスはできるかと思います。

 また、個人カウンセリングがご希望であれば、そちらももちろん受け付けています。

 詳しい情報は、「心理相談室サウダージ」のHP http://www.saudade.biz/
をご覧になってください。

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2013年7月24日 21時34分


引き寄せの法則マスターShinji

「自分が変われば人が変わる」という事に関して、回答しますね。

この言葉は真実です。

しかし、勘違いされているのは、
「人の行動は変えられない」
ということです。

あなたがいくら行動して、表面的な自分を変えてみても、他人がそんなに変わらないのはそのためです。

「自分が変われば人が変わる」というのは、
「引き寄せの法則」で説明ができます。

あなたの演じる表面的な姿ではなく、あなたの本質的な要素によって、
付き合う人(引き寄せる人)が変わります。

あなたは自分に無理しているだけで、
本当の意味で、あなた自身はそんなに変わっていません。
より心の負担が増えたくらいでしょう。

でも、あなた自身が、心から、人格的に変わってくれば、
それに応じて、あなたの人間関係も必ず変わります。

自分に無理して、心を偽っていると、
苦しい人生ばかりを引き寄せます。

苦しいと思えば思うほど、苦しい人生を引き寄せます。

人生を逆転させる鍵は、
確かに「自分を変えること」にありますが、
それは、あくまでも行動面や表面的な面ではありません。


http://step-world.net

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2013年7月24日 19時34分


カウンセリングルーム・エンパシー

一番最初にコメントしました「エンパシー」です。再度失礼致します。
私の言葉足らずの点が不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした。改めまして、誤解のないよう補足説明させていただきます。

あなたは、人間関係において素の自分を抑え、常に相手に合わすことに努力されてきたようです。そして、努力が報われない現実に絶望感を味わっている。自分を変えるとは、カメレオンみたいに相手に合わせて七変化することではありません。
抑圧しているあなた本来の持ち味、魅力に気づき、その個性を表に出していくことです。

これまでの生き方は、まさに八方美人になっていると感じます。八方美人とは自分の本心を殺して、誰にでもいい顔をすることです。人間関係をよくするには八方美人になることだと思っているのは間違いです。一見八方美人になっていれば人間関係は上手くいっているようにも見えますが、それは対等の立場で上手くいっているのでしょうか。

ストレスのない人間関係は対等の立場であることです。対等の立場に立っていない人間関係は、ストレスが溜まるだけです。最後に、これだけは強調しておきます。八方美人は、誰とも信頼関係を築くことは出来ないということをご理解ください。

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2013年7月24日 18時30分


憂うつの癒し屋

んん・・・・・・・
お気の毒ですが・・・・・・・
長年の間・・・・他人を変わるために、自分を他人に合わせてきたのでですね・・
どなたが「自分が変われば他人が変わる」といったのでしょうか?
これは、覚え間違いをしていませんか?
正確には
「ある人(他人)の性格などが変わって欲しいならば、まずは、相手の性格などが変わりやすいように自分を変えていくこと!」
となります。
ここでは、「他人が変わる保証」は何もないのです!
あえて言えば、「期待」するだけです!
相手を力ずくで変えることは不可能なので、せめて自分が出来る事をやりましょう~~ということです。
また、人に傷つけられたら、その傷つけた人には逆に感謝しましょう~自分の悪い運を持って行ってくれるのですから!
また、絶望がすべての始まりなのです。
絶望を経験していない人は、人の心の痛みがわかりませんし、何らかの軽い失敗でも心が折れてしまいます。
絶望した数だけ、人はいわゆる「人格者」となり、人から頼りにされるのです。
さらに自分を愛するというより、自分を大切にする(ブレない信念など)事ができないと、貴方の周りの人も大切に出来ないと考えてください。

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2013年7月24日 17時46分


タカマサさん、はじめまして。心理カウンセリング こころの駅 カウンセラーのヤカタです。

タカマサさんは、苦手な対人関係を何とか克服しようとしてこれまで頑張ってきたのに、一向に相手が変わってくれなく、それどころか自分が辛い思いをし続けて、とうとう自分にも他人にも希望が持てなくなってしまって、このサイトに相談していただいたんですね。

私も自分自身の性格や対人能力に非常に悩んだ時期がありましたので、タカマサさんの辛く、苦しい気持ちはある程度想像がつきます。

タカマサさんが書かれているように、心理学の本などではよく「自分が変われば人も変わる」と書いていますね。他のカウンセラーさんたちも言われていますように、この言葉は決して嘘、間違い、デタラメではありません。

ではなぜタカマサさんの場合は、相手が変わってくれないのか、という大きな疑問が残りますよね。

単刀直入に言いますと、それはタカマサさんがこの言葉の意味を誤解しているからです。

タカマサさんは次のように書かれていますね・・・

>三枚目なキャラクターや人前でパフォーマンス的なこともしたりしました。
素の自分とは別の「受け入れてもらうための自分」を作るために
自分でも随分と無理を大分重ねてきたような気がします。

確かに本来の自分でないキャラクターを「演じて」、「素の自分とは別の自分」になることはしんどい努力でしょう。

でも「自分を変える、自分が変わる」というのは、別の自分を無理やり演じることではありません。

タカマサさんがされたことは、「三枚目」という仮面を付けたに過ぎないのです。「本当の自分は仮面の下の自分」です。仮面の下の自分は少しも変わっていません。つまり「変わったように見せかけた」ということになると思います。
きつい言葉に聞こえてしまったら謝ります。すみません。

それに本当の意味で「変わった」のなら、もっと楽に自分の人生や生活を送れているはずです。

でも現実はどうですか?楽になるどころか、以前よりも苦しくなってきているのではありませんか? 「本当の意味で変わっていない証拠」だと考えてください。

それともう一つ大きな誤解をされています。

タカマサさんは次のように書かれています・・・

>人に変わってもらうため

「自分を変える」のは「人に変わってもらう」ためではありません。自分のため、自分の人生のため、自分の幸せのために自分を変えるのです。

タカマサさんの考えならこうなりますよ・・・

「自分(タカマサさん)は対人関係を良くしたいので変わりました。今度はあなた方が私のために変わる番ですよ。」

人はタカマサさんのために存在しているわけではありませんし、タカマサさんも同様に人のために存在しているわけではありません。

タカマサさんは結局、「自分が変わる」という手段を用いて「相手を変えよう」としているだけなのです。

心理学にはこんな有名な表現もありますよ・・・

「過去と他人は変えられない」

つまり変えられるのは、「今の自分自身」だけです。そして「今の自分」は未来に通じるのです。そういう意味では、間接的に「未来も変えられる」と言っていいと思います。

じゃ、どうすれば本当の意味で「自分が変わる」のか、ということですよね。

これはそれほど簡単なことではありません。

①自分という人間(自己概念)をよく知ることです。(自己認知と言います)

②自分の全てを、つまり長所も短所も、素晴らしい所も、醜い所も無条件に受け入れることです。(自己受容と言います)
これは難しいですよ。長所はたいていの人にとっては受け入れやすいでしょう。でも短所や醜い点はどうですか? 普通なら否認したり、否定したりするでしょう。でもこれらもタカマサさんの大事な一部分なのです。

この自分にとって嫌な醜い部分を否定してしまったら、「真の自己変革」はできません。なぜなら否定された部分は、その人にとっては「無いもの」になってしまうからです。「無いもの」を変えることはできませんし、また変えようともしませんから、「真の自己変革」にはつながらないのです。

自己受容は大変しんどい、勇気のいる作業だと思います。現実の自分を直視し、それに立ち向かっていかなければなりませんからね。

それと自己受容というのは、「自己成長をあきらめる」こととは違いますので、それは誤解しないでください。
それどころか、「自己受容は自己成長の大前提」になりますので、この点をお忘れなく。

ここまで達するのは大変はことだと思いますよ。

③自己受容した上で、自分の「至らない点」を変えたいと思うのであれば、具体的な目標を設定し、方法を考え、実践していくのです。例えば、対人関係のスキルを高める。つまりコミュニケーション能力を上げるとか自己主張訓練を受けてみるとかです。

または、タカマサさんの「考え方のクセ」をチェックし、それがタカマサさんを苦しめているのならば、認知療法等で「認知の歪みの修正」をする必要も出てくるでしょう。

そういう過程を経ながら、様々な行動を実践していくのです。失敗を恐れることなく。そうすれば、周囲の人たちが「新生タカマサさん」に気づき、魅力を感じ、いい人間関係が築かれるかもしれません。あくまで「かもしれない」です。世の中に「絶対、100%」はまずあり得ません。

長々と書きましたが、一度よく考えてみてください。私の助言が少しでもタカマサさんのお役に立てば嬉しいです。

では、失礼します。

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2013年7月24日 16時16分


お礼コメント

回答ありがとうございます。

>タカマサさんがされたことは、「三枚目」という仮面を付けたに過ぎないのです。「本当の自分は仮面の下の自分」です。仮面の下の自分は少しも変わっていません。つまり「変わったように見せかけた」ということになると思います。

その通りです。
元々そんな性格ではありません、そんな性格にもなりたくありません。
「そういう人物像が良しとされている」から演じただけです、周りのために。

>「自分(タカマサさん)は対人関係を良くしたいので変わりました。今度はあなた方が私のために変わる番ですよ。」

他のカウンセラーの方へのコメントで書きましたが、私は父親から衣・食・住を受けるために彼の都合の良い人間を演じてきました。
自分は変わりました(変えました)、ならば他人も変わるのが「当然」だと思うのは私の中では何もおかしな話でもないのです。

>人はタカマサさんのために存在しているわけではありませんし、タカマサさんも同様に人のために存在しているわけではありません。

私だって父親の「自慢の息子」になるために存在しているわけではありませんでした。

>タカマサさんは結局、「自分が変わる」という手段を用いて「相手を変えよう」としているだけなのです。

その通りです、それしか方法を知りませんから。
向こうからこちらに合わせてくれないなら、こちらから変わるしかない。

「強者」になれないなら、「弱者」の立場で変わり続けるしかない。
(変わるではなく、演じるだとおっしゃられるのでしょうけども)


2013年7月25日 17時43分

カウンセリングルーム心の窓

タカマサさん
自分が変われば他人も変わる。誰かにそう言われてずっと自分を変えようとして無理な行動をとってきたのですね。ところが、その行動が自分の心から出た本来のものでなく無理に自分の気持ちを偽って起こしたものだったので、そうしているうちに無理があなたの心にとって大きな重荷になってしまい、今のようなつらい状況に陥ってしまったのですね。
あなたのような方、あなたのまわりにもきっとたくさんいらっしゃると思います。そして、自分ひとりで垣根を作って、閉じこもってしまっている方も、大勢いるような気がします。極端にいえば、今の日本の経済至上主義は、あなたのような犠牲を求めてどんどん大きくなってきたのだと思います。話が飛んでしまいました。
自分が変われば、他人が変わる。そんなことはありません。少なくとも自分の行動を変えただけで、周りの人の行動は変わることはありません。何度かこの場でお話しているように、過去と他人は変えることができないと思ったほうが、間違いないと思います。では何を変えるのか、自分を変えていくしかないんです。それは、あなたのやってきたような、まず行動を変えるという、日本人が昔からやってきた、行動主義にもとずくものではなくて、自分の内面を見つめて、自分の心に素直に従うことだと思います。では、やりたいことをやればいいのか、とおっしゃるかもしれませんが、本来はそうあるべきだとは思いますが、そこに他人とのかかわりがあるので、一概にそう言ってしまうと間違いになります。まず、自分の本当の気持ちが、どこにあるのか、それを自分でしっかりと考えてみてください。そして、そのことを、口に出して話してみてください。それを何度も繰り返していくうちに、自分の姿を、自分で許せると思ってくるはずです。
そうなってきたとき、改めて自分のその人付き合いが苦手という部分を、見つめてみてください。本当に、あなたは、人づきあいが苦手なのでしょうか。あなたにだって、好きになっていくタイプの人や、ご両親や、彼女、など話をしたい、付き合いたいと思う人はいらっしゃると思います。彼らや、彼女らに自分の思いを伝えてみてください。
人が信じられない、自分が信じられない、とおっしゃる方の多くは、いちばん身近な、ご両親の愛情を十分に受けられなかった方に多くいらっしゃるようです。
自分が変われば、他人が変わるというのは、実は自分が変われば周りが変わるということだと思います。真意は自分の心の中が変われば、周りの人に映って見える自分の姿も変わって見えるということだと思います。
どうか、絶望なさることなく、自分の心に従って行動する勇気をお持ちください。
きっと周りに映る自分の姿も変わってくると思います。

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2013年7月24日 15時24分


お礼コメント

回答ありがとうございます。

他のカウンセラーの方へのコメントで書きましたが、父親との関係で「自分が変われば(我慢すれば)他人も変わる」を実感して実践してきました。

元々、本心は暗い人間です。明るい人間には無理をしないとなれません。

>自分の内面を見つめて、自分の心に素直に従うことだと思います。

本当は「何もしたくありません」
「自分らしさ」を親にすら認められなかった人間がどうして「赤の他人」から「自分らしさ」を認められるのか。
ならば相手に合わせてカメレオンになるしかないじゃないか、それだけです。

自分にも私の父親のように「自分の思い通りになる人間」が欲しかった。
極端な主従関係を作りたいわけではないけど、話を聞いて理解してくれる人が欲しかった。

2013年7月25日 17時30分

郷家カウンセリングルーム

タカマサさん、はじめまして。郷家あかりと申します。

苦手なことを懸命に努力されてきましたね。
ほんとうにお疲れになっていらっしゃることが、文面からよく伝わってきました。

「自分が変われば他人も変わる」…これは本当です。
でも、その意味は、自分が対外的なキャラを変えれば(上手に演じることができるようになれば)、他人を”変えることができる”ということとは違いますね。
自分の内面が変わった結果を、周囲にいる人が「鏡」となって映してくれる、という意味ですから、「他人を変えることができる」ということとは違うんですよね。

タカマサさんはきっと、小さい頃に、他人は怖いものだ、とか、他人は信じることができない、というメッセージを、心の深い部分に落とし込んでしまっているはずなんですね。たぶん、ご両親やご家族・親族に、周囲や社会との健全で温かい信頼関係を見せてくれる人がいなかったのではないかな…と思います。それと逆のことを、無言の教えでしょうが、教わってしまったのだと思います。

人の意識…、顕在意識と潜在意識の力を比べたら、顕在意識(心掛けとか気合いとか、思考でなんとかできる部分)なんて、ほんの数パーセントと言われています。潜在意識に「誰も信じられない」という刷り込みがされているとしたら、どんなに努力しても、顕在意識の方でコントロールすることは難しいということです。

どうしたらいいのか。

まずはとにかく、誰と親密で良好な関係が、今は築けず辛いとしても、ご自分の心とだけは、仲良くいてほしい、味方であってほしい、と思います。奇異に聞こえるかもしれませんが、おそらくタカマサさんは、周囲に対応することには一生懸命でも、大事なご自分の言い分をよく聞いて理解してやり、本当はどうしたいのか、を蔑ろにしてしまっているのではないかな、と思われます。

どうか「失望した」「愛せない」などと言って見捨てることなく、どんな自分でも唯一無二の大切な自分、本当は、たくさんの困難もクリアして、この人生を楽しもうと思って生まれてきているはずなのですから、諦めず、面倒みてあげてください。
もし、不都合があったら、その原因、その正体をよく見て、癒して手放していけばよいのだと思います。怒りも憎しみも孤独感も、それを感じていることを否定しないでください。当然のことなのですから。

今は、潜在意識へ働きかけていくセラピーなどもたくさんありますから、気長にそれを採用して取り組んでみられることもよいと思います。実際に、誰とも関われずに心理的ひきこもり状態にあった人、人間不信、自分不信にあった人が、よいセラピストやカウンセラーに出会い、セッションしていくことで、本当に生きやすい幸せな心境、人生を得られた、という例は、たくさんあります。一時的に、自分を知らない「プロ」の助けを借りる、というのは有効だと思います。

外側のことをうまくやるしかなかった、そこからだと思った、ということは、ものすごくよくわかります。でも、自分に嘘をついてうまくやり抜く努力をするのは、寂しさ、孤独感が募るばかりですよね。

今は難しいかもしれませんが、できるだけ「素の、ありのままの自分でいいんだ」という経験をしていってくださいね。それは、相手になってくれる人…「人」が必要な経験です。
やっぱり、ひとりきりではどうしようもないのですよね。タカマサさんはそれがわかっていらっしゃると思います。人によって傷つけられてきたかもしれませんが、そんな自分を癒してくれるのもまた、人なのだと思います。

自分を受け入れていく作業、癒していく作業、まずはそれを何よりも優先して、やっていってみてくださいね。

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2013年7月24日 14時26分


お礼コメント

回答ありがとうございます。

>自分の内面が変わった結果を、周囲にいる人が「鏡」となって映してくれる、という意味ですから、「他人を変えることができる」ということとは違うんですよね。

内面までは変えられません。
おしゃべりで口の上手い男に憧れません、人とワーワー騒ぐのも好みません。
アウトドアでなくインドア派です、尽くしてまで女性に好かれたくありません。

でも、世間で求められる(良しとされるのは)この間逆の人物像です。
内面まではどうしても変えられない、ならば無理をするしかありません。

>外側のことをうまくやるしかなかった、そこからだと思った、ということは、ものすごくよくわかります。でも、自分に嘘をついてうまくやり抜く努力をするのは、寂しさ、孤独感が募るばかりですよね。

自分は十分上手くやっている、なのに周りは変わってくれない。
悔しい、辛い、虚しい、でもそれ以外の方法は知らない。
本心(内面)までは捻じ曲げられない。
今まで頑張った自分は信じられる部分はあるにはあります。
でも、他人には一切ありません、信じられる部分が。

自分が納得いく形で認められたかった、それだけです。

2013年7月25日 17時23分

タカマサさん、はじめまして。
カウンセラーの須賀と申します。

ご自分に相当ご無理なされて、お疲れなのですね。
さらに、自分の努力に見合った現実が味わえず、おつらいですね。
通院治療までしなければならない状態で、悩んでいらっしゃるのですね。

タカマサさんが、今までとても頑張ってこられたことは、よくわかります。
人付き合いが苦手な自分を変えようと、必死だったのですね。
ただひとつ、気になることがあります。

何故、他人を変えたいとお望みなのでしょうか。
何故、他人を変えねばならないのでしょうか。

「自分が変われば人も変わる」というのは、ひとつのセオリーですが、
もしかしたら、このセオリーにタカマサさんはこだわるあまり、こころの自由を見失っていませんか。

大変厳しい言い方ですが、誰がタカマサさんに変わって欲しいと頼みましたか。
そして、タカマサさんが変わったところで、どうして他人もタカマサさんの望むように変わらないといけないのでしょうか。

タカマサさん、お互いにもっと自由で、あるがままでよいのではないでしょうか。
それを他人がどう評価しようが、お構いなしに。
タカマサさんが、リラックスして、伸びやかに生きる姿に、世の中の人間すべてが好評価しなくてもよいのではないですが。逆に、みんなが認めなければいけない根拠は何でしょうか。

反対にタカマサさんも、好む人とよいコミュニケーションを心がけ、苦手な人は避けても良いのではないのでしょうか。

強者になるか、弱者になって身を削って生きていくという二択をどうしてしなければいけませんか。

そして、今こそ自由に生きるタカマサさんに「変わる」ことで、人の目も「変わる」のではないでしょうか。

よかったら、参考にしてみてください。
どうぞ、お大事に。

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2013年7月24日 14時21分


お礼コメント

回答ありがとうございます。

>何故、他人を変えたいとお望みなのでしょうか。
>何故、他人を変えねばならないのでしょうか。

幼少期~学生時代まで父親が支配者な家庭で育ちました。
幼少期は望まれる「子供らしい対応」をしないと不機嫌な顔をされ、
学生時代は全ての意見を否定されて育って来ました。
しかし、親の金で食べれて大学も行かせてもらっている立場です。
幼少期は「子供らしい対応」に必死でした。
学生時代は泣き寝入りをするしかありませんでした。
「父親と喧嘩してさ~」という同級生を羨ましく思っていました。
うちの家庭では「支配→服従」という選択肢しかありませんでしたので。

社会人になったら、自分も「支配者」になりたかったのです。
うちの父親でいう「私」のような存在とまではいかないまでも、自分の事を
尊重してくれる存在がどうしても欲しかったです。

子供時代は我慢をすれば「対価(居住地、学費、食事)」が得られました。
ならば他人にも同じように「我慢」をすれば「対価」が得られるはずなのに得られない。
なんだこれは?おかしい!自分はこんなに合わせているのになぜ見返りが無い!

>強者になるか、弱者になって身を削って生きていくという二択をどうしてしなければいけませんか。

私はそういう選択しか知りません。

2013年7月25日 17時15分

カウンセリングルーム・エンパシー

>自分が変われば人も変わる、その言葉は嘘なんだと最近は思います。

そんなことはありませんよ。他人の自分へのあたりの悪さを相手の性だと勘違いしているタイプのようですね。

相手の言葉や態度が悪いのは、実は、自分の言葉や態度が悪いからだということに気づくことが大事です。

相手に不快な印象を与えるから、相手からも同じように返されるわけです。
相手を変えたければ、まず、自分を変えることです。自分の出方が変わることで相手の出方も変わるはずです。

自分を受け入れることが大事ですが、その前に自分をよく知らなければなりません。知ったらどんな自分でもあるがままに受け入れることです。自己受容と他者受容は正比例します。自分を受け入れる器を作らなければ、他人を受け入れる器は備わりません。

自分に自信が持てないのは、マイナス思考が原因です。潜在意識にプログラムされているマイナス思考をプラス思考に変えることです。それは、「認知療法」で可能です。精神的に大分お疲れのようなので、自分を愛す方法等をご教示したいと思います。メールでお問い合わせくだされば詳しくご説明いたします。

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2013年7月24日 13時37分


お礼コメント

回答ありがとうございます。
何だか心理学の教科書通り、丸写しな回答ですね。
こっちから相手に合わせて変わっていると書いているのに
「こちらの出方を変えろ」というのが質問を読まれていないようで
何だかガッカリです。

2013年7月24日 14時07分