教えて掲示板の質問

「もっと頑張りたい」に関する質問

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ハルさん

現在大学二年です。

私は何か問題が起こっても、全て「自分が悪いから」ということでおさまります。
誰かに相談をする時も、頭の中で文章を考えてからしゃべるのですが、その時点で自分が悪い、ということがわかるので、相談も何もなくなってしまいます。そして、自分のために時間を使わせてしまったことで、相手に申し訳ない気持ちでいっぱいになります。

学校に行くときも、電車にのるときも、常に周りの目を気にしてしまいます。今自分は誰かの迷惑になっていないか、邪魔になっていないか。電車の中ではたまに呼吸がしづらくなってしまい、駅で休憩することもあります。

こんな状態が大学入学直後から続き、外に出るのが怖くなり、大学一年で留年してしまいました。学費は奨学金で賄っていましたが、留年をした一年間は親に出してもらいました。本来ならば留年したことを悔やみ、お金を出してくれる親に感謝をして、大学に頑張って通って学問を学ぶべきだと思うのですが、どうしても頑張れません。無事二年に進級したのに、学校に行くのが辛くなり、今もう出席日数がぎりぎりです。

周りの友達はよく、学校に行くのが辛い、とか、しんどい、とか言っていますが、なんだかんだ文句を言いながらもきっちり学校に通っています。そのことがとても眩しく感じます。

どうして自分は朝起きてきちんと学校にいけないのか、少し動くだけで外に出られるのにどうしてもっと頑張れないのか。自分が嫌になります。全て自分の責任なのに、甘えてる自分が嫌いです。高校からリストカットなどの自傷を続けており、一時期はおさまっていたのですが、去年からまたやるようになってしまいました。これも自分が弱いからです。

このままではまた留年してしまいそうで怖いです。わかっているのにできない自分が嫌です。できないというか、やらない自分が悪いんですが。

文章能力が低くて申し訳ありません…
甘えている状態から脱出したいです。もっと頑張りたいです。
どうしたらもっと自分に厳しくなれるでしょうか?

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2013年5月23日 01時49分

教えて掲示板の回答

カウンセリングルーム ルミエール

カウンセリングルム ルミエールノ岩附です。
何でも自分が悪いということはありません。
何か人と問題が起きるときは、その原因は相手と自分と50:50です。
何でも人のせいにして、自分の行動の責任が取れないのも大人気ないですが、
自分ばかり攻めてしまうのも、自分いじめです。
子どもの頃、「あんたってダメね」みたいなこと言われて育ったのではないでしょうか?
あるいは、足りない面ばかり言われて、ほめられることがなかった?
本をご紹介します。
「機能不全家族」  西尾和美 著  講談社

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2013年5月31日 01時44分


お礼コメント

回答ありがとうございました。

そうですね、何でも自分が悪いということはないと思います。ですが、自分が悪いと思うことで、色々な責任から逃れたいのだと思います。
いえ、小さい頃そんな風に育てられた覚えはありません。いうなれば一般的な家庭で愛情いっぱいに育てられたと思います。
本の紹介ありがとうございます。一度探してみようと思います。

2013年5月31日 14時19分

貴女様は罪悪感がお好きなようですが、あまりよい方向には進んでなさそうですね。
「自分が悪いから」「自分が弱いから」というのは一体誰が決めつけたのでしょうか。
そのことを100人の人に質問したらすべての人が貴女様が悪い事にyesと答えるとは私には思いませんが。。
それから相談というのは自分が良いとか悪いなどを決めるだけのものでしょうか。
たとえ、自分に悪い点があったとしてもどうすればその困難を乗り越えることができるのか相手に尋ねてみるのが相談なのではと思います。
周りをよく見てみてください。
周りは意外と自分のことでいっぱいで貴女様を見ていないと思います。
できないということにお悩みのようですが、ではなぜできないのか考えてみる必要がありそうですね。
例えば外を歩きたくないということであれば、外に行くとどのようなこと(人に見られているような気がするなど)が嫌なのか、では何でそれを嫌と感じるのか、その嫌という感情には一体何がふくまれているのかなど、そういうところを細かく自分自身に問いかけてみる事で今の自分の状態を知ることができ、また、その対処法が見つかってきます。
ちょっと自分自身で自分を苦しめすぎていませんか?
もう少し自分のことを好きになったほうが生きやすくなりますよ。
自信もつきますし(^^)
簡単な方法としては家族や友人に自分の良いところを言ってもらったりすることです。
この文章だけでも思いやりもあるし前へ進もうとまじめに一生懸命頑張っている方だということがわかります。
それはとても素晴らしいと思いますよ。
自分をそんなにダメだと思っちゃだめですよ。
無理をせず自身を持ってもっと気楽に生きてください。

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2013年5月29日 10時37分


お礼コメント

回答ありがとうございました。

別に罪悪感が好きなわけではありません。
周りが私をそれほど見ていないのはわかっています。見ていないのはわかっているのに、見られていたらどうしよう、という被害妄想をしてしまっているのが虚しいです。
なぜできないのかを考えたことはあります、ノートに自分の問題を書き出し、なぜそう思うのかを隣に書き、そうしないためにはどうすればいいかを順番に書き出していきました。けれど、もう少し細かく考える必要があったのかもしれないですね。

2013年5月31日 14時15分

ティアーズキーパー


 はじめまして、ティアーズキーパーのnorioです。

ハルさんは、とても頑張っていらしゃるのですね。

そして、周りの多くの人達に沢山気を遣い、ご自分に厳しくされていらしゃるのですね。

誰でも、他人から良く見られたいとか、褒められたいと思うものですが、これが過度に成れば、どうしても自分を傷つけてしまう結果に成ってしまうものです。

もう少し、ご自身に自信を持ち信じ、ご自身を大切にすることは出来ないでしょうか?

このままでは、本当に壊れてしまうのではないでしょうか。

ハルさんの場合、典型的なアダルトチルドレンの方の行動や考え方のように思われます。

人に優しく、人を大切にする事は大切な事ですが、それで、ご自身を傷つけたり壊したりしてしまうのは、どうでしょうか?

頑張り過ぎず、たまには休むことも必要だと思うのですが・・・

悪気もなしに他人を傷つけてしまう人もいます。時には親御さんもそのような時が有るかも知れません、ご自身を責めないで下さい。

自信を、傷つけたり責めたりする癖を少しづつ直して行きましょう。

そして、時には休む事も必要だと思います。

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2013年5月27日 13時19分


お礼コメント

回答ありがとうございました。

私はまだ何も頑張れていませんし、自分をとても甘やかしています。そのことを改善したいんです。アダルトチルドレン…聞いたことはありますが、実際どんなものかは知りませんでした。調べてみようと思います。

休む時と休まない時のメリハリがついていないのかもしれません、自分では今は休んでばかりだと思うので、もっと活動していきたいです。

2013年5月27日 20時19分

はじめまして、ハルさん。こころの駅 心理カウンセラーのヤカタです。

>私は何か問題が起こっても、全て「自分が悪いから」ということでおさまります。
>学校に行くときも、電車にのるときも、常に周りの目を気にしてしまいます。今自分は誰かの迷惑になっていないか、邪魔になっていないか。電車の中ではたまに呼吸がしづらくなってしまい、駅で休憩することもあります。

ハルさんは何が起こっても「自分の責任でそれが起こったのではないか」とか、「自分の存在が周囲の人たちの迷惑になっていないだろうか」と考えて、息苦しくなってしまうほど辛い思いをされているわけですね。

>どうして自分は朝起きてきちんと学校にいけないのか、少し動くだけで外に出られるのにどうしてもっと頑張れないのか。自分が嫌になります。全て自分の責任なのに、甘えてる自分が嫌いです。高校からリストカットなどの自傷を続けており、一時期はおさまっていたのですが、去年からまたやるようになってしまいました。これも自分が弱いからです。

また学校へ行かなければという気持ちがあるにもかかわらず、朝起きても周りの人たちのようにきちんと登校できないのは、「自分が弱い」からだと考え、自分を責めてしまうのですね。そしてそういう自分を「甘えている」と思い、自己嫌悪を抱くのですね。

>甘えている状態から脱出したいです。もっと頑張りたいです。
どうしたらもっと自分に厳しくなれるでしょうか?

そういう「今のハルさん」から脱出して、「もっと頑張れる」、「もっと自分に厳しい」ハルさんに変わりたいと思っているのですね。

ハルさんのこのご相談内容を読ませていただいて抱いた私の第一印象は、「まだこれ以上自分に厳しくなりたいの」というものでした。

ハルさんはそう思われませんか? だって、「何が起こっても自分が悪い」と考えたり、「電車に乗るだけなのに自分が周囲の迷惑になっているのではないか」と心配しているのですよ。これ以上自分に厳しくなる必要がどこにあるのでしょうか? 自分に厳しすぎるほど厳しいと思います。

むしろ、ハルさんが目指すべきは、「今の自分を受け入れる」、「自分に優しくなる」、「自分に寛大になる」等ではないかと思いますが、いかかがですか?

今これだけ自分に厳しくして悩んでいらっしゃるのに、これ以上厳しくしたら、楽になるどころか、もっと辛く、苦しむことになると思いますよ。

ハルさんは非常に責任感が強い、いや、強過ぎる方ですね。それにひょっとして完璧主義的な面もあるのでしょうか。(間違っていたらごめんなさいね)

それと、「責任を取ること」と「自分を責めること」を混同していませんか?これは明らかに違うことだと思いますよ。

例えば、ハルさんが喫茶店に入ってコーヒーを注文したとします。ウェイトレスがコーヒーを運んできて、ハルさんが飲もうとした時に、ハルさんが手を滑らせてコーヒーをひっくり返したとします。

<責任の取り方>
①テーブルや椅子にこぼれたコーヒーを自分でふき取る
②コーヒーのシミが付いた服を着たまま今日1日辛抱する
③コーヒーで汚れた服を洗濯に出す
④コーヒーが飲みたければ、もう1杯注文して、2杯分の料金を払う
⑤割ってしまったコーヒーカップを弁償する
などが考えられます。

一方、
<自分を責める>
①「自分はなんて愚かなことをしてしまったんだ」と思う
②「周りの客や従業員たちは自分のことを無能な人間だと思っているだろう」と考える
③「こんな自分は一刻も早くこの店を出ていくべき恥ずべき人間だ」と考える
などです。

だから大学の学費のことでも、ハルさんは「自分を責めてはいる」けれど、「責任は取っていない」と思うのです。(きつく聞こえたら謝ります)

自分をこれだけ責めても大学に行けないのなら、「責めても無駄だ。責める意味は無い」ということではないでしょうか。 それなら「責任を取る」ことを考えましょう。

この場合、「責任を取る」というのは、
①「辛いのを我慢して登校する」
②「登校できずに留年したら退学する」
③「留年したら自分で学費を稼ぎ、学業を続ける」
④「留年した分の学費は卒業後親に返す」等
が考えられます。

もちろん、行けない日があってもいいと思います。完璧主義のワナにはまってはいけませんよ。

だれだって無気力になる時期もあれば、目標に向かってまい進できる時期もあるものです。あるいは、その間の中間的な時期もあります。(この中間的な時期が圧倒的に一番多いと思いますが)

それと大切なことを言わせてください。
あえて厳しいことを書きますが、気分を害さないでくださいね。
「何か問題が起こっても、全て『自分が悪いから』」という文からは、一見謙虚過ぎるほどの謙虚さが伺えますが、これは反対にものすごく「尊大な言葉」だと思います。

私やハルさんを含め、「自分の力や自分の存在が、自分の身の回りで起こる全てのことに影響を与える」なんてことは有り得ないことです。

だれの言葉か忘れてしまいましたが、ハルさんのようなことで悩んでいる人に向けた言葉でこんなのがあったことを記憶しています・・・

「心配することは何もありません。だってあなたは、あなたが考えているほど大きな存在ではありませんから」

誤解しないでくださいね。これは相手を侮辱している言葉ではありません。「人間なんてみんな小さな存在なんだ。自分が周りに与える影響なんてごく限られたものなのだ」という意味です。

ハルさん、ごめんなさいね。気分を害したら許してください。

最後にもう一つ・・・
「客観的な事実」と「主観的な評価や解釈」は厳密に区別して考えてくださいね。
この2つを混同すると辛くなる可能性が高くなりますから。

さきほどの「喫茶店の例」で説明すると・・・

<客観的な事実>
「注文したコーヒーをひっくり返してしまった」
これだけです。これ以上でも、これ以下でもありません。

<主観的な評価や解釈>
①「人前でそんなミスをした自分は愚かでまぬけな人間だ」
②「周囲の人たちは、自分のことをダメ人間だと思っているであろう」等
です。

評価や解釈は自分が主観的に意味づけした考え(心理学では認知と言います)に過ぎません。このワナに囚われると、「不適切な否定的な感情」が芽生えて来ます。

例えば、自己嫌悪、屈辱感(恥辱感)、不安、罪悪感等です。これらの感情に襲われると苦むことになってしまいます。

厳しいことを書かせてもらいましたが、少しでもハルさんの助けになれればこの上もなく嬉しいです。


  












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2013年5月25日 20時23分


はじめまして、ハルさん。こころの駅 心理カウンセラーのヤカタです。

>私は何か問題が起こっても、全て「自分が悪いから」ということでおさまります。
>学校に行くときも、電車にのるときも、常に周りの目を気にしてしまいます。今自分は誰かの迷惑になっていないか、邪魔になっていないか。電車の中ではたまに呼吸がしづらくなってしまい、駅で休憩することもあります。

ハルさんは何が起こっても「自分の責任でそれが起こったのではないか」とか、「自分の存在が周囲の人たちの迷惑になっていないだろうか」と考えて、息苦しくなってしまうほど辛い思いをされているわけですね。

>どうして自分は朝起きてきちんと学校にいけないのか、少し動くだけで外に出られるのにどうしてもっと頑張れないのか。自分が嫌になります。全て自分の責任なのに、甘えてる自分が嫌いです。高校からリストカットなどの自傷を続けており、一時期はおさまっていたのですが、去年からまたやるようになってしまいました。これも自分が弱いからです。

また学校へ行かなければという気持ちがあるにもかかわらず、朝起きても周りの人たちのようにきちんと登校できないのは、「自分が弱い」からだと考え、自分を責めてしまうのですね。そしてそういう自分を「甘えている」と思い、自己嫌悪を抱くのですね。

>甘えている状態から脱出したいです。もっと頑張りたいです。
どうしたらもっと自分に厳しくなれるでしょうか?

そういう「今のハルさん」から脱出して、「もっと頑張れる」、「もっと自分に厳しい」ハルさんに変わりたいと思っているのですね。

ハルさんのこのご相談内容を読ませていただいて抱いた私の第一印象は、「まだこれ以上自分に厳しくなりたいの」というものでした。

ハルさんはそう思われませんか? だって、「何が起こっても自分が悪い」と考えたり、「電車に乗るだけなのに自分が周囲の迷惑になっているのではないか」と心配しているのですよ。これ以上自分に厳しくなる必要がどこにあるのでしょうか? 自分に厳しすぎるほど厳しいと思います。

むしろ、ハルさんが目指すべきは、「今の自分を受け入れる」、「自分に優しくなる」、「自分に寛大になる」等ではないかと思いますが、いかかがですか?

今これだけ自分に厳しくして悩んでいらっしゃるのに、これ以上厳しくしたら、楽になるどころか、もっと辛く、苦しむことになると思いますよ。

ハルさんは非常に責任感が強い、いや、強過ぎる方ですね。それにひょっとして完璧主義的な面もあるのでしょうか。(間違っていたらごめんなさいね)

それと、「責任を取ること」と「自分を責めること」を混同していませんか?これは明らかに違うことだと思いますよ。

例えば、ハルさんが喫茶店に入ってコーヒーを注文したとします。ウェイトレスがコーヒーを運んできて、ハルさんが飲もうとした時に、ハルさんが手を滑らせてコーヒーをひっくり返したとします。

<責任の取り方>
①テーブルや椅子にこぼれたコーヒーを自分でふき取る
②コーヒーのシミが付いた服を着たまま今日1日辛抱する
③コーヒーで汚れた服を洗濯に出す
④コーヒーが飲みたければ、もう1杯注文して、2杯分の料金を払う
⑤割ってしまったコーヒーカップを弁償する
などが考えられます。

一方、
<自分を責める>
①「自分はなんて愚かなことをしてしまったんだ」と思う
②「周りの客や従業員たちは自分のことを無能な人間だと思っているだろう」と考える
③「こんな自分は一刻も早くこの店を出ていくべき恥ずべき人間だ」と考える
などです。

だから大学の学費のことでも、ハルさんは「自分を責めてはいる」けれど、「責任は取っていない」と思うのです。(きつく聞こえたら謝ります)

自分をこれだけ責めても大学に行けないのなら、「責めても無駄だ。責める意味は無い」ということではないでしょうか。 それなら「責任を取る」ことを考えましょう。

この場合、「責任を取る」というのは、
①「辛いのを我慢して登校する」
②「登校できずに留年したら退学する」
③「留年したら自分で学費を稼ぎ、学業を続ける」
④「留年した分の学費は卒業後親に返す」等
が考えられます。

もちろん、行けない日があってもいいと思います。完璧主義のワナにはまってはいけませんよ。

だれだって無気力になる時期もあれば、目標に向かってまい進できる時期もあるものです。あるいは、その間の中間的な時期もあります。(この中間的な時期が圧倒的に一番多いと思いますが)

それと大切なことを言わせてください。
あえて厳しいことを書きますが、気分を害さないでくださいね。
「何か問題が起こっても、全て『自分が悪いから』」という文からは、一見謙虚過ぎるほどの謙虚さが伺えますが、これは反対にものすごく「尊大な言葉」だと思います。

私やハルさんを含め、「自分の力や自分の存在が、自分の身の回りで起こる全てのことに影響を与える」なんてことは有り得ないことです。

だれの言葉か忘れてしまいましたが、ハルさんのようなことで悩んでいる人に向けた言葉でこんなのがあったことを記憶しています・・・

「心配することは何もありません。だってあなたは、あなたが考えているほど大きな存在ではありませんから」

誤解しないでくださいね。これは相手を侮辱している言葉ではありません。「人間なんてみんな小さな存在なんだ。自分が周りに与える影響なんてごく限られたものなのだ」という意味です。

ハルさん、ごめんなさいね。気分を害したら許してください。

最後にもう一つ・・・
「客観的な事実」と「主観的な評価や解釈」は厳密に区別して考えてくださいね。
この2つを混同すると辛くなる可能性が高くなりますから。

さきほどの「喫茶店の例」で説明すると・・・

<客観的な事実>
「注文したコーヒーをひっくり返してしまった」
これだけです。これ以上でも、以下でもありません。

<主観的な評価や解釈>
①「人前でそんなミスをした自分は愚かでまぬけな人間だ」
②「周囲の人たちは、自分のことをダメ人間だと思っているであろう」等
です。

評価や解釈は自分が主観的に意味づけした考え(心理学では認知と言います)に過ぎません。このワナに囚われると、「不適切な否定的な感情」が芽生えて来ます。

例えば、自己嫌悪、屈辱感(恥辱感)、不安、罪悪感等です。これらの感情に襲われると苦むことになってしまいます。

厳しいことを書かせてもらいましたが、少しでもハルさんの助けになれればこの上もなく嬉しいです。


  












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2013年5月25日 20時21分


お礼コメント

回答ありがとうございました。

喫茶店の例はまさに私です。
気分を害すなんてとんでもないです。回答をいただけているだけでもとても有難いです。私も、私の行動が周り全てに影響を与えているなんて思っていません。考えても無駄なことはわかっています。それほど周りの人が私のことを気にしているはずも見てるはずもなく、視野に一度入るだけでもう会わない関係ない人が大半です。それにも関わらず、迷惑をかけてるんじゃないかという考えても無駄な大それたことを考えてしまう自分が嫌いなんです。

自分の中の考えが偏っているのは感じます。もっと柔軟な頭になれるようにしたらいいのかもしれないですね。

2013年5月25日 21時03分

「と」を大切にしていきたい、メンタル心理カウンセラーです。

・高校からのリストカットなどの自傷を、一時期は収まったが、去年からまたやるようになったこと
・朝(午前中)に起きられず学校にいけないこと
・うつ状態だと特に顕著になる「認知のかたより(認知のアンバランス)」に陥っていること
(全て「自分が悪いから」→感情的きめつけ 等)

これらから、あなたは自分に甘えているのではなく、「うつ状態」あるいは「うつ病」の病気に罹患している可能性が高いです。

うつ病と判断された場合には、一般に抗うつ薬による治療が行なわれます。
ただし、典型的なうつ病でも軽症の場合は、薬の効果がそれほど期待できないこともありますので、薬物療法が絶対であるというわけではありません。
しかし、自分には本当に薬が必要かどうかを判断してもらうためにも、精神科などの医療機関の受診を勧めます。

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2013年5月25日 16時29分


お礼コメント

回答ありがとうございました。

朝に起きられず学校にいけないというよりも、朝に目は覚めるのに動けない、という感じです。布団から出て、朝ごはんを食べて、あとは靴を履いて玄関の扉を開けるだけだというのに、あと一歩がどうしても動いてくれません。

病気の可能性が高いのですね。病院に行く勇気はまだ携えていませんが、一度病院に行くことも視野に入れてみようと思います。

2013年5月25日 20時56分

物語研究所「夢前案内人」

書かれている内容からあなたの現状が「鬱」と呼ばれる状態であることは間違いないです。
ので、先ず精神科に行って診察を受け、鬱の服薬を治療を受けて下さい。

脳の一時的不全なだけの単極鬱(鬱病)の場合、服薬治療で改善し、これでめでたしめでたしになります。
が「でない」場合は、それ相応の何故鬱になるのか(なったのか)の、生活環境、生育環境、出生時から今日に至るまでの人間関係からの影響など、、、今日のご自身の考え方、感じ方、受け取り方を狭く、または偏ったものにしているのを客観的に見極め克服していくプロセス・・・これがカウンセリングなわけですが、これを受ける必要はあります。が、鬱状態をそのままでカウンセリングを受けるのは非常に危険です。
何故なれば、カウンセリングによって示される客観的評価には当然「プラスの評価」と「マイナスの評価」が混在します。 処が、プラスの評価は理性的には理解は出来ても心には響かず、反対にマイナスの評価は理性的な判断を飛び越えて感情に突き刺さる・・・鬱とはそういう状態なのでカウンセリングがカウンセリングとして機能しないからです。

なので、医師の診断&服薬で鬱症状を軽快化させてから → カウンセリングを受けるという順序が正しい対処になります。

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2013年5月25日 13時17分


お礼コメント

回答ありがとうございました。

カウンセリングよりも病院に行くべきなのですね。病院に行くのはちょっと私には勇気が足りないです…プラスの評価が心には響かず、マイナスの評価が突き刺さるというのは確かにそうだと思いました。

鬱かどうかは自分では判断しかねますが、一度病院にかかってみた方がいいかもしれないと思いました。

2013年5月25日 20時53分

いくえい心理カウンセラ-室

必死に頑張ろうとするのに、できない! という事は、今までのやり方では

通用しないから。。との見方にも繋がるのですが

例え・自分の信念を曲げてでも 留年の危機だけは避けたい! 
           とお考えなら 私からの提案を申し述べてみようと思います。

《飽くまでアバウトですが、 頑張りたい! その目標をクリアするには》
1) ハルさんのように、ひたすら自分に鞭打つスパルタ式
2) 飴とムチを上手に使い分けて モチベ-ション維持を重視する方法

に分かれますが、
生身の人間の場合、力づくが続くとつい反旗を翻しがちな【感情・欲求】という
デリケ-トな一面にも配慮が必要な分だけ

スパルタ一辺倒では どうしても限界に突き当たってしまいます。

《ハルさんのケ-スで言うなら》
「少し動けば外出できるのに それさえもままならない状態」が、まさにそれです。
その一番の欠点は・・少し動けば出来るって事は分かっているかも知れないけど、

/その少しが、どうしてフン切れないのか? までは 実は分かっていない /
点なんです。

フン切れないのは、心が納得してない何よりの証拠で
/ 心の中の感情部分が納得して初めて 人は前に進めるんです /

なので
「甘えている状態」と言うよりも、実は「分かってはいても納得はしていない状態」
と言えます。

そして、納得させるには
飴を与えて、そのモチベ-ションをアップさせる以外にありません。
でないと、頑張りの途中で根を上げますから。。

今のハルさんは 現実に甘えているのではありません。 むしろ、
スパルタ過ぎるんです。

そのせいで、自分を上手に手なずけて 目の前の現実に送り出せないで居ます。

「目からウロコ状態」を自ら求めれば、自然と道は開けます。
その為のカウンセリングを まず、ご検討ください。

 

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2013年5月24日 19時22分


お礼コメント

回答ありがとうございました。

とてもためになる回答でした。自分の中での飴とムチのバランスの取り方がわかっていないのかもしれません。きちんとカウンセリングを受けることを考えてみようと思いました。

2013年5月25日 20時48分

旭カウンセリングルーム

鬱の状態にあることは分りますね。「自責の念」「罪悪感」などが症状の一端です。心療科に行くことを勧めます。カウンセリングは医者の了解の下で行なって下さい。「引きこもり」になってしまうとなかなか完治するのに時間がかかります。セロトニンが欠乏しているから朝が起きれない。行動できないのでしょう。「診断は医者の範囲」ですから、カウンセラーが勝手なことは言えません。無責任のように感じるかも知れませんが、カウンセラーの出来ることには限界があるのです。悔しいですが仕方ありません。

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2013年5月24日 19時18分


お礼コメント

回答ありがとうございました。

一概にカウンセリングに行けばいいというものでもないのですね。ではまずは、セロトニンを増やせるように試行錯誤しながら頑張ってみたいとも思います。

2013年5月25日 20時45分

こころの臨床カウンセリング 【併設】不登校、ひきこもり、ニート自立支援協会


はじめまして。【こころの臨床カウンセリング】の天地です。


《甘えている状態から脱出したいです。もっと頑張りたいです。
どうしたらもっと自分に厳しくなれるでしょうか?》


ということですが、今のハルさんの状態は、
単に甘えているだけではありません。


心がかなり傷ついて弱くなってしまっているので
誰かの助けが必要です。

自分一人で、「もっと自分に厳しくしよう」
とがんばるのは難しいと思います。


親でも兄弟でも、病院の先生でもカウンセラーでも構いませんので
早めに相談されることをお勧めします。


今なら早期回復ができるはずです。



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2013年5月24日 17時13分


お礼コメント

回答ありがとうございました。

一人では難しいですか…ネット以外で誰かに相談するのは大分勇気がいります。しかし、きっとそれでは今の状態から抜け出せないままと思うので、きちんと考えてみます。

2013年5月25日 20時43分

カウンセリングルーム・エンパシー

がんばれない原因は、あなたの罪悪感、劣等感、自己嫌悪なと゜、マイナス思考に支配されている事が考えられます。

これらは、自分を常に責め続け、自己否定感覚を強めてしまいます。
また、リスカは心の痛みを一時的に肉体に移すことで気を紛らすとか、自分へのお仕置きという意味合いのケースが多いようです。自殺するまでには至らない感情ですね。

決して甘えているわけではないです。思考パターンがそうなっているからです。
幼少期のことなど、もう少し詳しいことをお聴きできれば、対処療法をご教示出来ると思います。

ここでの回答フォローとして、無料でお聴きしますので今後のやり取りはメールにてお願い致します。わかりやすく丁寧に対応いたします。どうぞお気軽にお問い合わせ下さい。

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2013年5月24日 16時15分


お礼コメント

回答ありがとうございました。

自傷については確かに自殺まで考えてのことではありません。私の中でストレス発散の意味合いが強いです。

幼少期のことも関係あるのですね。メールでのやり取りは検討させていただきます、ありがとうございます。

2013年5月25日 20時41分

PASERI

どんな偉い地位にいても、どんな高学歴でも、皆が皆、逃げ道も寄り道もせず頑張ってるわけではありません。むしろ、頑張る時は頑張っても、息抜きやメリハリをうまくつける事が出来る人が最終的には頑張れる気がします。

自責と自傷などの問題を考えると、頑張る事より、充分頑張った自分にご褒美をあげたり自分に正直に振る舞える自分を見つける事に力を注ぐ方が貴方には必要なのではないのかな、と感じたのですが、いかがでしょうか?

私が悪い、頑張らなくては、これじゃダメだ、と思うのは構わないのですが、息が詰まるほど頑張って、果たしていい方向に向かうのでしょうか?

楽に頑張れる時は、何かに感動したり、励まされて物事に意欲が沸く時では無いですか?

それが出来ない時は、やはり、心に弾力性が無くなっていると思います。

自責から解放されず、自分の状態がわからないと感じたら、カウンセラーという第三者に話をきいてもらうのもいいかもしれません。

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2013年5月24日 15時25分


お礼コメント

回答ありがとうございました。

息が詰まるほど頑張っていい方向に向かうとは思いません。むしろ頑張りすぎてくずれてしまうでしょう。しかし、私は今頑張ることができていません。スタートラインにすら立てていないんです。

楽に頑張る方法がわかりません…おっしゃる通り、心に弾力性がなくなっているのかもしれません。

2013年5月25日 20時37分